混雑した通勤電車のなかで痴漢に間違えられて迷惑防止条例違反で訴えられ、揚げ句の果てに新聞に実名入りで報じられてしまう。「私はやっていない」と訴えても、会社の上司や同僚はよそよそしい態度をとる。親しかった近所の人も白い目で見るようになった。家では「お父さんのせいでいじめられる。学校に行きたくない」と子供が言い出す始末。でも、慰めの言葉をかけることもできない……。

<strong>弁護士 荘司雅彦</strong>●1958年生まれ。81年東京大学法学部卒業。金融機関勤務を経て、91年に弁護士登録。幅広く多数の事件を扱う。著書に『小説 離婚裁判』『荘司雅彦の法律力養成講座』など多数。
弁護士 荘司雅彦●1958年生まれ。81年東京大学法学部卒業。金融機関勤務を経て、91年に弁護士登録。幅広く多数の事件を扱う。著書に『小説 離婚裁判』『荘司雅彦の法律力養成講座』など多数。

「新聞沙汰」とはよくいったもので、マスコミの影響力はとても大きい。弁護士である私も、新聞やテレビで痴漢など犯罪報道を見聞きすると、「何て悪い奴だ」とつい思ってしまう。逮捕されただけでは罪は確定しておらず、無罪の推定をしなくてはいけないことを頭のなかではわかっているにもかかわらずにだ。

マスコミは警察の発表を鵜呑みにして、逮捕に対して批判的なことを書こうとはしない。なぜなら、記者クラブの出入りを禁止されて大切な情報源が閉じられ、おまんまの食い上げ状態になるのを恐れるからだ。最近では有名大学の学生が大麻を栽培したり売買したりする事件が相次いで報じられた。これなどはニュースバリューがあるうえに、再発に対する抑止効果が狙えることから、マスコミもよろこんで乗っかっているのだろう。

ビジネスマンなら電車のなかで痴漢に間違われる危険がつきまとう。また、些細なトラブルで相手を小突き、それだけで傷害事件として訴えられるようなケースは、毎日掃いて捨てるほどある。たまたま大きな事件がなくて警察の記者会見で発表され、社会面のベタ記事で報道されてしまうことだってありうるのだ。

それに、2006年5月に施行された改正刑法では、それまで10年以下の懲役刑しかなかった窃盗罪に50万円以下の罰金刑が加わった。万引に懲役を科すのは重すぎると起訴猶予処分にしてきたものの、万引の摘発件数が急増し、抑止力の強化が求められたからである。