金持ちイギリス人、貧乏イギリス人に見る分断

近年のポピュリズムの高まりなどの現象を、イギリスのジャーナリスト、デービッド・グッドハートが、著書『The Road to Somewhere』で端的に分析しています。世論調査の分析からあきらかにしたのは、イギリス人のメンタリティのなかで、「Anywhere」な人びとと「Somewhere」な人びとの分断が生じつつあるということです。

Anywhereな人びとというのは、多様性に寛容で、どこにでも適応することができ、学歴も流動性も高い人たち。典型例としては、外資系コンサルの社員とか世界中を渡り歩くグーグルのプログラマーのような人でしょうか。高度な知識やスキルを武器に、自分をいちばん高く買ってくれる環境へホッピングするタイプのグローバルエリートです。

一方、Somewhereな人びとは、慣れ親しんだ環境を愛し、多様性に不寛容で、学歴や流動性が低い人たち。たとえば、地域の自営業の店主を想像してもらうと分かりやすいかもしれません。

イギリスの話なので、念頭にあるのはブレグジット(EUからの離脱)です。EUには様々なコンセプトがありますが、そのひとつが、単一市場でヒト・モノ・カネの流動性を高めて、「ヨーロッパはどこでも同じ」であるとする基準で動くということです。

こうした動きは、Anywhereな考え方と非常に相性が良いものです。生活基盤を資本主義に依存することは、生活環境を次々とお得なほうへ乗り換えていくAnywhereな生き方を志向するということなのです。

隣人との協調を生む「ソーシャル・キャピタル」とは

しかし、そうした生き方や考え方に対して不安を覚え、EUの理想に反発する人びとにとっては、安定したSomewhereな生活基盤が、ある種の憧れの対象となります。そのようなSomewhereな人びとの不安や反発をずっと見過ごしていたのではないかと、グッドハートは見ているのでしょう。

これはとても難しい問題です。なぜなら、AnywhereにはAnywhereの理想があり、SomewhereにはSomewhereの理想があるからです。生活基盤をどんどん入れ替えることでより安く、速く、便利になるけれども、人との関係性が脆弱になっていく面がある。

逆に、Somewhereな場所や関係性ばかりを重視すると、排他的になり外部のものを受け入れない態度にもなりかねません。まさに諸刃の剣であり、評価が難しい問題なのです。

このSomewhereな関係性について、社会科学にはすでに近い概念があります。それが「ソーシャル・キャピタル」です。

ソーシャル・キャピタルにはいくつかの研究潮流がありますが、いま世界的にもっとも注目されているのが、アメリカの政治学者ロバート・パットナムによる次の定義です。

人びとの協調行動を活発にすることで社会の効率性を高めることができる、「信頼」「規範」「ネットワーク」といった社会組織の特性