人口が高齢化する、高齢者が増えるというのは、一人一人が長生きするようになったことの結果にほかなりません。とすれば、寿命が延びた分のうちの何年かは働く期間に割り当てて引退年齢を後ろ倒ししなければ、個人で見ても社会全体で見てもこれまでと同じ収支バランスは成り立たないことになります。

平均寿命の延びに見合って社会全体で就労期間を延ばすことができれば、マクロ経済スライド調整期間は短くなって受給水準は維持されますし、そもそも年金制度加入期間が長くなりますから一人一人の年金額もアップします。オプション試算の結果によれば、同じ65歳支給でも基礎年金の加入期間の上限を45年にするだけで、基礎年金額がその分高くなり、所得代替率は6%以上高くなります。

この話は「引退年齢をどう考えるか」ということですから本丸は雇用政策(労働市場政策)です。雇用が保障されなければ就労期間を長くすることはできないし、引退年齢を遅らせることもできません。なので、雇用政策の取り組みがまず先です。それと一体となって年金制度改革を行う。そうした取り組みが必要です。

受給開始繰り下げは合理的な選択

できるだけ長く働こう、と言われても、世の中全体がそうならないとみんなが60~65歳を過ぎても働き続けるのは困難です。今の公的年金制度の仕組みの中で年金の給付水準を確保する手段はないのか、考えてみましょう。

現行制度では、年金の受給開始時期を本人の選択で60歳まで繰り上げること、70歳まで繰り下げることができます。繰り上げると受給額は減り、繰り下げると受給額が増える仕組みです。個人が受給開始時期を繰り上げようが繰り下げようが、年金財政には影響はありません。割増・割引率はそのように設計されています。他方、個人の損得(年金受給総額の多寡)で考えると、繰り上げた人は長生きすると損になり早死にすると得、繰り下げた人はその反対です。

ここでちょっと考えてみましょう。現行制度で1年繰り下げると支給額は約8%増額されます。70歳まで繰り下げると40%以上の増額です。もし65歳になった時点で一定の貯蓄がある、まだ働き続けることができる、ということならば、年金をもらってそれを生活費に充てるよりも、就労収入や貯蓄のほうを使って年金受給開始時期は繰り下げたほうが合理的な選択です。1年分の年金と同額の貯蓄を運用して1年間で8%の利益を出すのは至難の業ですが、年金は確実に8%増えます。

でももし66歳で死んだら一銭ももらえなくて損するじゃないか。そう考えれば確かにそのとおりです。しかし、お金はあの世には持っていけませんし、そもそも公的年金制度というのは「長生きするリスク」をカバーする「保険」であって「貯蓄」ではありません。