ものごとは客観的なデータに基づいて全体像をきちんと把握して議論しなければいけません。示された将来推計を見る限り、「人口が減少する中で社会保障費はどんどん膨張する」「日本経済は負担に耐えられなくなって社会保障は破綻する(日本経済も破綻する)」といった類いの言説は現実的でも合理的でもありません。根拠薄弱、いささか「誇大広告」の言説、為にする議論というべきです。

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もちろん、今後避けられない人口減少の中でさらなる社会保障制度改革をしていくことは必要です。しかし、何が最優先の課題なのか、経済社会の中で社会保障が果たしている機能をどう考え、何をどう強化し何をどう効率化するのか、そのための負担をどう考えるのか、といった「全体戦略」を考えるには、議論の前提となるファクトの客観的把握とそれに基づいた正確な議論が必要です。経済学者でも「名目値」で議論している人が少なからずいますが、「190兆」「1.6倍」などと数字の大きさだけを見て危機を煽ることは、問題解決に資さないばかりか冷静で正しい問題の理解を妨げます。

全体像を見ない「極論」と「例外(エピソードの多用)」で世を煽る「危機アジ」は耳目を引きますし、卓上の香辛料としては面白いですが、多くの場合、味覚を壊して地道に料理を作るシェフの努力を台無しにします。

給付水準を確保するための処方箋

以上を前提に、本稿のテーマである「公的年金制度の将来」について考えてみましょう。

将来推計が示す通り、公的年金の対GDP比は長期的に安定しています。もはや公的年金制度が破綻することはありません。ですが、給付水準は少しずつ引き下げられていきます。マクロ経済スライドとは、「現役世代の保険料負担に上限を設け、積立金を活用しながら現役が負担できる範囲内に年金給付を調整する」という仕組みです。すでに現役の保険料率は上限に達しているのでこれ以上増えません。18年の物価変動率は+1%、名目手取り賃金変動率は+0.6%でしたが、マクロ経済スライドが発動されたので19年度の年金額の改定率は+0.1%になります。

つまり、マクロの制度は維持できても、ミクロ――個々の受給者にとっての公的年金の所得保障機能は今後少しずつ縮小していくということです。従って、これからの公的年金制度の課題は、基本設計をいじるような大ぶりの制度改革ではありません。「引退後の所得保障」という公的年金の本来機能を維持するための「ミクロの給付水準確保」を目指した改革になる、ということです。