「アリババに続け」と優秀な若者が奮起

ここまで見てきたように、中国では政府主導でイノベーション型国家の建設を推し進めている。ただし、大まかな方針や発展方向は決めるが、過度な規制をかけない開放的な政策をとっている。私が見るところ、中国政府はイノベーションが生まれやすい環境を整備することに徹しているように思われる。

過去に事例がない「新経済」分野においては、細かく国家が指導するのではなく、環境を整備して、自由に経済活動をさせた方がイノベーションは生まれやすい、と考えているのかもしれない。

とはいえ環境が整っているだけでは不十分であろう。この恵まれた環境を利用して、新たに生まれた技術を製品化・サービス化し、社会に実装(提供)していく行動力のあるリーダーがいなければ、社会にメリットをもたらすことはできない。「中国新経済」でイノベーションが生まれる要因の一つに、チャンスがあればリスクを恐れず果敢にチャレンジする成功に飢えたリーダーたちの存在がある。

その代表格が、前出のアリババの創業者・馬雲氏や、テンセントの創業者・馬化騰(ポニー・マー)氏だ。彼らに続こうと、多くの優秀な若者が、政府が整えた環境を利用して、「創業」(起業)している。

当然だが、中国人も多様なので、みなが起業家を目指しているわけではない。しかし、世界一の人口を有する国であり、そのうえ多くの優秀な人材が国外から呼び戻されたり、国内で育成されたりしている。だから人材の層が厚くなっており、おのずと起業する人数も多くなっていると考えられる。

共通する特徴はとにもかくにも「早さ」

西村 友作『キャッシュレス国家 「中国新経済」の光と影』(文藝春秋)

もともと変化の速かった中国社会であるが、変化のスピードがここ数年で一気にアップしたように感じる。その一因となっているのが、この続々と登場する起業家たちが生み出す新しいビジネスによって、「新経済」のエコシステムが急速に拡大、変化していることであろう。

イノベーション企業の特徴はとにかく「早い」ことだ。リーダーによる迅速な意思決定のもとで事業が進んでいくので、スタートが早く変化にも素早く対応できる。新たに発見した、競争相手の少ないブルーオーシャン市場にいち早く参入し、「先行者利益」を得るためには、製品の完成度が高まるのを待ってからスタートしていては間に合わない。過去に類を見ない事業は何が正解か誰も判断できないため、とにかくやってみるしかない。

また実際に始めたとしても、目まぐるしく変化する環境やユーザーの嗜好にスピード感をもって対応できなければ淘汰されるリスクは高くなる。だから、そうしたイノベーション企業は、ユーザーのコメントやフィードバック、口コミから問題点を見つけ出し迅速に改善を繰り返している。こうした絶え間ない努力が、成功につながるのだ。

新しいアイデアが生まれたらその発案者がリーダーとなり、ある程度の形になった時点でサービスを開始、問題が出たらそのたびに修正するというのが、イノベーション企業のスタイルと言えるだろう。

西村 友作(にしむら・ゆうさく)
対外経済貿易大学 国際経済研究院 教授
1974年生まれ。専門は中国経済・金融。2002年より北京在住。2010年に中国の経済金融系重点大学である対外経済貿易大学で経済学博士号を取得し、同大学で日本人初の専任講師として採用される。同大副教授を経て、18年現職。日本銀行北京事務所の客員研究員も務める。
(写真=AFP/時事通信フォト 著者近影=Go Takayama)
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