実はヨーロッパ人も英語が苦手という事実

【三宅】研究者となられてからの英語はどのように克服されましたか?

【西成】論文は問題ないのです。ただ、聞く、話すが本当に駄目で。たとえば国の使節団の団長に指名されると世界中の大学や政府機関で会議の議長役を務めないといけないことがあります。するとズラっと並ぶ偉い方たち全員の意見を聞いて調整しないといけません。聞く、話すができないと何もできないので、これが非常に困りまして。

【三宅】多くの日本人が経験する壁ですよね。

【西成】そうですね。でも世の中には自分が思っていたほど英語のネイティブは多くないことに気がついてから楽になりました。たとえば、ヨーロッパのスーパーで買い物をすると商品のパッケージ裏の説明書きが複数の言語で併記してあるのですが、実は半分くらいの商品は英語表記がありません。つまり、イギリスを除けばヨーロッパの人たちはコミュニケーションを取るために仕方なく英語を使っているだけなのです。

ようは、みんなそれなりに苦労していると。同僚だったドイツ人も言っていました。「日本に行くと、みんな俺が英語を完璧に喋れる前提で接してくるから困るんだ」と。実際、彼らと普段会話をしていると不意に母国語が混じったりします。「ちょっとフルークハーフェンに行ってくる」「え? エアポートだろ」とか突っ込んだりして。

国際会議にいくと英語が苦手なイタリア人、ロシア人、日本人が固まるというのはもうお決まりのパターンですけど、どうせみんな虚勢を張っているだけなんですから、はちゃめちゃやっても気にする人なんていない。そう開き直ってからは楽でしたね。

【三宅】気持ちの問題は大事ですね。

I doubt it.は議論の場で使える魔法の言葉

【三宅】ほかにはどのような課題がありましたか?

【西成】次に直面した壁は英語で喧嘩することでした。学会は基本的に戦いの場なので突っ込まれたら反論をしないといけません。でも「ここはこういう結果が出ていてあなたの発表は間違っている」と指摘されたときに、ほとんどの日本人の先生は壇上でフリーズしてしまいます。これは今でもそうです。「いやいや、そうじゃないんだ。ここはこうなんだ」とスパッと返せる日本人の先生はめったにいないですね。

【三宅】それは日本人が相手を気にして、あまりズバリ言わないという文化もあるんですか。

【西成】たしかに慣れていません。でも学会だとそれは通じません。それに喧嘩というものは瞬発力が大事なので論理的に作文していたら負けます。そこで、どうしたらいいものかと思ってドイツ人の同僚に助言を求めたんです。すると、いい言葉を教えてもらったんです。

【三宅】なんですか?

【西成】I doubt it.と言うんです。「果たしてそうだろうか?」と。とりあえずそう返して反論を考える時間を稼ぐといいと言われて。

【三宅】上品な言い方ですからね。仕事の現場でも使えそうです。

【西成】No.とかYou are wrong.だと少し角が立ちますが、I doubt it.だといかにもプロ同士が議論をしている感じがしますよね。