とりあえずItと言ってからあれこれ考える

【三宅】ではそれでだいぶ議論もお得意になられたのですか?

【西成】それも大きかったですが、私が英語を喋れるようになった一番のきっかけはズームインとズームアウトを覚えたことです。日本語で住所を書くときは都道府県からはじめて最後に個人名を書きますが、英語では個人名からはじまって最後に州ないし国がきます。ようはズームインした状態からズームアウトしていく。これが英語の本質だと、あるとき気づきました。

先日も外国人ゲストが来たので学生を引き連れて近くの山を案内したのですが、定期的に鉄砲の音が聞こえたんです。正体は畑の鳥よけのための空砲です。そこで外国人ゲストが「この音はなんだ?」と驚いて聞いてきたんですが、日本人の学生はそこでBird...から入ってしまった。でも、そのあとの文章が続きません。おそらく私もBirdから入ってしまうと続けられません。

日本人の思考の順序だと「鳥よけの音。鳥、鳥、鳥……bird」となってしまうので、しょうがないとはいえばしょうがない。それにズームアウトして全体を捉えてから考えるのは日本のいいところでもあるんですけど、英語には合わないんです。

そのとき私がパッと言ったのはTo keep the birds out.です。What’s that sound? に対する答えなので、It’s a sound...を省略した形です。ようはまず「音」にズームインして、そこから広げていく。どこかに焦点をばんと当てて、そのあとにwhichやthatを使って情報を付け足していくようにしたら一気に喋れるようになりました。

【三宅】これがなかなかできないんですよね。

【西成】そうですよね。だから本当に困ったときに重宝するのが形式主語のItで、とりあえずItと言ってからあれこれ考えると何とかなるんです。

英語メールの即レスで思考回路を鍛える

三宅 義和『対談(3)!英語は世界を広げる』(プレジデント社)

【西成】もうひとつ私が一気に英語のスピーキングが上達したと感じたのは、実はメールです。ある国際プロジェクトに関わったときに、24時間いろんな国の研究者からメールが飛び交うなかで、メールを読んだら即返事を書くことを半年くらい続けました。若い子の言葉でいえば、即レスです。そうしたら急に喋るほうもベラベラになりました。じっくり考えたり、辞書を引いたりするのではなく、常に判断を迫られながら返事を書いていたので結果的に喋るときと同じような思考回路を鍛えていたんでしょうね。

【三宅】それは面白いですね。意図せずトレーニングになっていたと。

【西成】メールで思い出しましたけど、ある日、見慣れない差し出し人から英語のメールが来たんです。それがなんとサウジアラビアの王様からで、メッカ巡礼の群衆コントロールをどうにかしたいと書いてある。それで世界中から群衆の専門家が10人集められて議論をしたんですけど、隣に座っていた大臣が「先生、これ解いたら油田1個あげるから」なんて言うものですから、「学者になってよかった。英語できてよかった」と本気で思いました。

【三宅】もらえたんですか?

【西成】結局、アラブの春で政権が転覆してしまって音信不通になりまして。もらえていたら今頃ここにいませんよ(笑)。

西成 活裕(にしなり・かつひろ)
東京大学 先端科学技術研究センター教授
東京大学工学部卒業後、同大大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。専門は数理物理学、渋滞学。主な著書に『渋滞学』『誤解学』『無駄学』などがある。
三宅 義和(みやけ・よしかず)
イーオン代表取締役社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。85年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。
(構成=郷 和貴 撮影=原 貴彦)
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