漢字で署名する日本人のクレジットカードで荒稼ぎ
もっとも、この被告人は盗みのプロというより、成り行きで犯行を重ねたタイプだったらしい。検察官が続ける。
「被告人は路上で拾ったクレジットカードをコンビニで使い、うまくいったのがきっかけで駅や電車内に目をつけ、酔っ払って忘れたバッグを置き引きしたり、酔って眠り込んだ乗客の財布を狙うようになりました」
監視カメラ対策もせず、同じエリアで犯行を繰り返せば、捕まるのは時間の問題だったのかもしれないが、今回の事件で僕が気になったのは狙われる側だ。駅構内の置き引きや電車内での盗みで被害者になりやすいのはビジネスマンではないか?
観光客も狙われそうだが、被告人の手法では、漢字で署名のできる日本人のクレジットカードをゲットすることが必須。犯人が男なら、ターゲットは男になる。では、男たちの中で最もスキがあるのは誰か。
酔っ払いだ。泥酔して眠りこけている酔っ払いこそ、犯罪者から見て最もガードが甘くく、狙いやすいカモなのである。
酔っぱらいの中核を占めるのはどんな人なのか。疲れや飲酒から居眠りしやすく、現金やカード類を持っている男。そう、ビジネスマンだ。
荷物を抱えているのはいいほうで、足元に置くか網棚に放置するケースも少なくない。スーツのボタンは外されてポケットが見えている。おしりのポケットから長財布が半分以上はみ出している。どうぞ盗んでくださいと言わんばかりに……。そんな状態で駅構内やプラットフォームのベンチにいる酔っぱらいはたやすく発見できるし、電車内で目撃することもしばしばだ。身に覚えのある人も多いのではないだろうか。
届け出された「置き引き」件数は全国で1日100件近く
2018(平成30)年版「犯罪白書」によると、刑法犯の中で「窃盗」の占める割合は約71%(65.5万件超)で、第2位の「器物破損」の約10%を大きく引き離して圧倒的なトップだ。窃盗で最も多いのは、「自転車などの乗り物盗」で36%。次いで「万引き」の16.5%、「その他の非侵入窃盗」14.3%、「車上、部品狙い」12.5%となり、「置き引き」は「空き巣」の3.9%を上回る4.7%で第5位となっている。
件数にすると3万件ほどだから、1日当たり全国で100件近く発生している計算だ。置き引きされたと届け出されたものだけでこの数なのだから、届け出をあきらめたり、どこかに忘れてきたと勘違いしたりした分を含めればさらに増える。
検挙件数は、窃盗全体で30%程度にすぎず、置き引きではさらに低い(検挙件数の3.9%)。置き引きは、被害者が遺失したと勘違いしやすいだけでなく、被害届を出したとしても捕まりにくい犯罪なのだ。Aさんのケースでも、たまたまカード会社が知らせてくれたから良かったものの、そうでなければ後日、銀行口座から引き落とされて終わりとなっていただろう。
日本は治安の良い国として世界に知られているが、窃盗犯はあちこちにいる。置き引きには、遺失物として届けるつもりだったのに出来心で盗ってしまうタイプの犯罪も多い。もちろん盗むほうが悪いのだけれど、出来心を誘発させる環境が整っているともいえる。
そもそも第一線で働くビジネスマンが公衆の面前でだらしなく口を開けて眠りこけているなんて緊張感なさすぎだろう。今日の宿、明日の食事にも事欠く犯罪者にとってこんなに楽勝な餌食はいないに違いない。彼らは駅のベンチや車内を仮眠場所と考えている飲み会帰りのビジネスマンを、手ぐすね引いて待ち構えているのだ。
どうしても眠気に勝てないときは、貴重品はバッグの中ではなくしっかりと身に着け、上着のボタンを留める習慣をつけたいものだ。