突然変異は誰にでも起こり得る

2019年4月25日に行われた番組試写会の様子。山中教授は、「今日もコーヒーを2杯飲んできました。今回、番組で自分のカフェイン分解物質は調べていませんが、DNAを調べたら嗜好が変わるかもしれません」と話した(撮影=プレジデントオンライン編集部)

遺伝子やDNAの研究が進むにつれて、トレジャーDNA(DNAの98%のnon-coding領域)がカフェインを分解する肝臓内の物質の多寡を決めていることが分かってきました。カフェインを素早く分解できるDNAを持つ人だけで調べると、コーヒーを一日2杯以上飲むと、心筋梗塞のリスクが3分の1まで下がることが明らかになりました。まだ研究の途中ですが、逆に極端に分解が遅い人では、心臓に負担がかかってしまう可能性があると研究者は指摘しています。

コーヒーは、ほんの一例に過ぎません。トレジャーDNAの働きによって、アレルギーやアルツハイマー病のなりやすさなどに違いが出る可能性がありあます。栄養の摂取量や薬の処方量なども、98%の領域のDNAの違いによって個人差がある可能性が示されているのです。

さらにトレジャーDNAは、体質だけではなく「人間の多様性」をも下支えします。

たとえば、水深70メートルまで潜って、10分くらい潜水し続ける「バジャウ」という海洋民族がいます。彼らにそのような能力が備わっているのは、酸素を供給するための脾臓が発達しているからで、こうした進化には、98%の領域の突然変異が関わっています。他にも、チベットなど4000メートルの高地で酸素が薄くても暮らせる人や、極端な動物食に頼るエスキモーにしても同様です。

突然変異は、特異な能力を持つ民族だけに起こるのではありません。自分では気づいていないだけで、ものすごい才能や能力が、私たち自身のDNAにも潜んでいるかもしれないのです。

DNAスイッチを押すことで、才能が開花することも

2回目の放送では「DNAスイッチ」について取り上げています。専門的にはエピジェネティクスと呼ばれる分野です。DNAにはオンとオフを切り替えるスイッチのような仕組みがあり、それが遺伝子の働きをガラリと変えていることが分かってきたのです。

どういうことかというと、音楽のセンスがあっても、抜群に記憶力がよくても、遺伝子の働きがオフになっていればその才能は発揮されないままだということです。ただし、スイッチがオフであることはネガティブなことだけではありません。もし、太りやすいという遺伝子を持っていたとしても、それがずっとオフになっていれば、健康を保つことができるからです。

DNAスイッチの仕組みを理解し、コントロールできるようになれば、新薬を開発できるかもしれません。実際にがん治療の最前線では、薬で遺伝子のオンとオフをコントロールする治療の試験も始まっています。

どうすればDNAのスイッチを動かし、遺伝子のオンとオフを切り替えられるのか。そこには育った環境や生活習慣が関係するといわれています。まだ研究の最中ではありますが、「運命を決める」というDNAのイメージ自体が覆ろうとしていることは確かです。私たちは、ある日突然、何らかの才能を開花させられる仕組みを、確かに持っているのです。