合図と同時に吸引具から冷たい気体が鼻へ流れ込んでくるのがわかった。ニオイはない。完全なる無臭だ。スーハー、スーハー。

とにかく何か、心地のいい感覚なのは確かだ

まもなく変化が訪れた。まず頭がぼんやりとしてきた。あるいは軽い眠気と表現してもいいかもしれない。とにかく何か、心地のいい感覚なのは確かだ。

しかし私が驚いたのはそこではない。いつも診察室へ呼ばれた瞬間から始まる胸のドキドキが、いつの間にかピタリと止まっていたのだ。先生が尖った器具でグリグリ突いてこようとも、電動器具が鋭いノイズを上げようとも、まったくのリラックス状態に。夜ご飯は何を食べようか、そんなことを考える余裕すらあった。痛みを拒絶するあまり、その痛みを集中して味わってしまう今までの自分にはありえなかったことだ。

鎮痛効果はイマイチのようで、歯石の除去にはチクチクとした痛みが伴っていた。しかし笑気ガスのおかげか、受けた痛みが恐怖を増幅させ、またいつ来るかわからない痛みにおびえる……という、いつもの負のスパイラルに陥ることはなかった。

そんなことを考えていたら、いつの間にか歯石の除去は終わっていた。時計を見ると、なんと30分が経過していた。今までの30分は2時間にも3時間にも思えたものだが、今日の30分は体感では20分か、それよりも短いような気がした。

以上が、笑気ガスの効果についての感想だ。施術中の心境を克明に描写できたことからもわかるように、ガスが効いている間、私の意識は明確そのものだった。

事実、頭はぼんやりしつつも、先生との会話にまったく支障はなく、「笑気ガスってすごいですね。こんなに安心した気分で歯医者さんにいるなんて初めてですよ」などと軽口を叩けるほどだったのだ。

笑気ガスは効果の消失も早い。吸入を止めて10分もすれば、車の運転も可能。効果バツグンで使い勝手もよし。歯医者が苦手という人には、これほど心強いものはないのでは。うれしいことに、笑気ガスはほとんどのケースで保険が適用され、40分810円ほどで利用できるという。