人間関係は惑星みたいに周期がある

自分がアクションを起こせば、人間関係は勝手にアメーバのように有機的につながっていき、くっついたり離れたりを繰り返します。日本人の場合、人付き合いで一度離れることがあるだけで「大丈夫かな~。私なにか失礼なことをしてしまったかな」と不安になりがちですが、そんなことは考えるだけ時間の無駄です。また必要があればくっつくから大丈夫です。

人間関係は惑星みたいなものです。必ず公転周期があります。すごく近いなと思っていたのに、また離れることもある。それは周期なので、あまり気にしなくていいのです。それぞれの惑星は自転もしています。お互いのリズムもあるから、いちいち距離感に悩んでもしょうがない。大切なのは「おまえはそれでいいや」の感覚です。

そもそも「友達とずっと一緒にいる」みたいな関係性を、僕はあまり信用していません。「ずっと一緒にいよう」と言われても、「噓でしょ」と思ってしまう。「一生、一緒にいよう」「ずっと一緒にいよう」という言葉は、結婚するときに使われますが、あれはただのあいさつだと思っています。実際、そんなに一緒にはいないし、「一生面倒見てやる」と言っても、3年後、逆に面倒見てもらっている人だっているわけです。

「人には期待せず、自分のアクションの数を増やす」のが賢い人の鉄則です。揉め事があったとしても、また別の何かを頼まれたときは、普通に接してあげればいい。「あのとき揉めたから、謝ってもらわないと」などと言わないことです。毎回「気に入らねえ」と言いながら仕事しても疲れてしまいます。仕事での人間関係は「タイミングいいときに、またやりましょう」でいいのです。

僕も人間関係で悩みますし、「ああ、どうしよう、いやだな」と思うこともあります。そんなときは、関係を切るのがいちばん手っ取り早い。いやなことがあったら、縁を切ればいいだけの話。物理的に連絡とらなくなれば、一気に解決します。

「これは嫌い」「これはいい」を日々表明しておく

相手に合わせる人間関係は不毛だと考える僕にとって、パーティーは地獄です。誕生日パーティーを開かざるをえなくなったら、負けだと思っています。誕生日は個人的に楽しみたいもの。本来であれば、すごく親しい間柄だけで楽しむべきものなのに、パーティーとなると「仕事」になってしまうからです。

飲み会やパーティーとは、本当に距離を置きたいと思っていますが、行かざるを得ない場面もあります。付き合いで断れないときは、「無」に徹して、とりあえずあいさつだけします。「こんにちは」とあいさつしたら、一次会でスッといなくなるのがベストです。

とりあえず、相手に対して自分は敵でないことを示せればいい。好かれようとしているようには見えないだろうけど、いやだとも思っていないということが主催者に伝わればいいと思っています。

僕はパーティーなど「行きたくない」「大嫌いだ」と表明しています。それでも行くのは「あのパーティー嫌いで有名な青木がいたパーティーって誰のイベントだよ!?」という感じで、参加した事実が重くなるからです。だからこそ、これからも「嫌いだ」と言い続けようと思います。「俺はこうだ」というのを発信しておくと、生きやすくなりますし、かえって得することもあるのです。