フリーターのほうが稼げた時代もあった

健司さんは、東京の下町育ち。高校は三年生になる直前に中退した。二年ほどコンビニエンスストアや飲食店でアルバイトをして、いわゆるフリーター生活を送った。それでも月収三〇万円ほどになり十分に暮らしていけた。

だが、ずっと狭い店舗のなかにいると、次第に「太陽の光を浴びた仕事がしたい」と思うようになった。即配サービス会社の仕事を見つけると、「メッセンジャー」と呼ばれる、自転車やバイクを使った配送の仕事に就いた。

業界大手の会社から仕事を受注する個人事業主としての働き方だった。企業から言われるままに業務請負契約を結ぶと、日々ひっきりなしに仕事の依頼が携帯電話のメールに送られてきた。もし断ることが多いと「あてにならない」と仕事を干されてしまうため、どんな仕事も引き受けた。都内はもちろん、東北地方までバイクを飛ばして荷物を運ぶこともあった。一日に一〇〇キロメートルは走った。運送距離によって料金が変わり、そこからマージンが引かれて健司さんの収入になる。売り上げそのものは月五〇万円ほどになったが、手取りは月に平均二〇万円程度だった。雨の日は稼ぎ時で、できるだけ仕事を入れると、手取りで四〇万円以上になることもあった。

「たとえ高校を中退しても、頑張れば希望が持てるのでは」

歯を食いしばって頑張っていた。

「偽装請負」という状態に不安を覚える

メッセンジャーの仕事は約六年続けた。勤め先は変わったが、いずれも個人事業主かアルバイトだった。そのうち、メッセンジャーの仕事にIT業務も加わるようになった。大手コンピュータメーカーが、バイク便ライダーがプリンタの修理をする「カスタマーエンジニア」を募集していて、人づてに声がかかったのだ。プリンタのネットワークシステムについて、二カ月の研修を受けると仕事ができるという。時給も一三〇〇~一五〇〇円と高めで、「これはスキルアップを図るチャンスだ」と期待した。

健司さんは大手コンピュータメーカーの社員証を渡され、顧客の元に駆けつけ、現場で指示を受けて働いていた。だが、実際には違う会社で業務請負契約を結んでいたため、これは「偽装請負」にあたる状態だった。

偽装請負とは、書類上、形式的には請負(委託)契約だが、実態としては労働者派遣である状態を指す。これは違法だ。そもそも請負とは、仕事の完成をもって対価を得ることをいう(民法第六三二条)。したがって、現場で仕事の発注者から指揮命令されながら仕事をしている状態は請負契約ではなく、派遣労働にあたる。また、何重にも下請けされて誰に雇用されているか分からない状態になるのも偽装請負の特徴で、責任の所在が曖昧になるほか、基本的な労働条件が守られない問題が生じやすい。

健司さんのケースも典型的な偽装請負だった。「三重派遣」という状態に不安を覚え、「この業界で安定した働き方はできないだろう」と感じ、他の職探しをすることにした。