つまり、日本人であるかどうかは、その時々のルール(国籍法)いかんによって変わる。そして出発点はヒューマニズムに基づいたルールでも、時代や状況が変われば現状にそぐわなくなることもあるのだ。

かつては日本のような単一国籍主義が世界でも主流だったが、現在は、OECD諸国の圧倒的多数が二重国籍を認めるようになっている。日本がモデルとしたドイツでも、「血統主義」から「出生地主義」に方針を切り替え、二重国籍を認めるようになった。

元自国民は「棄民」ではなく「資産」

なぜ、世界の潮流は変わったのか。転機となったのは80年代以降である。それ以前ならば、移民は移動先の地に骨を埋めるのが普通だった。一家で海外に渡ることのコストを考えれば、「合わなければ帰国」という選択肢は考えにくい。将来はその国の国民となるからこそ、自国籍を放棄して、かの国で新たな国籍を取得することが妥当だったともいえる。一国が責任を持ってその人の国籍を管理するという考えもあながち不当ともいえない。それが国をまたいでの移動コストが一気に安くなったことやEUの発足などで、世界中の人々の移動が加速していった。

さらに昨今は海外旅行が当たり前になり、異国人同士が第三国で結婚・出産し、別の国で生活を始めることも普通になった。国をまたいでのビジネスや、企業の経営者に外国人が就くケースも増えてきているし、あるいは労働力として外国人を大量に受け入れる可能性も高い。根本的な社会システムの整備も必要になるだろう。

実際問題として、二重国籍を認めることのデメリットはほとんどないはずだ。それどころか、海外に出ていった元自国民を「棄民」として扱うのではなく、国の「資産」としてつなぎ留めるメリットもある。これまで経済危機に陥った韓国やメキシコでは、海外で活躍する元自国民人からの投資や援助を期待して、帰国や再帰化を容易にする法律を制定したことがあった。そろそろ日本でも二重国籍を認める議論が、真剣になされるべきではないだろうか。

2020年、東京オリンピックが開催される。近年増えた、肌や瞳の色が異なる日本人選手の活躍を日々目の当たりにして、改めて日本人の多様性に気づかされるはずだ。それが議論が深まる契機になることを期待したい。

丹野清人(たんの・きよと)
首都大学東京人文社会学部教授
1966年生まれ。専門は外国人移民。一橋大学大学院社会学研究科社会問題社会政策専攻博士課程単位修得退学。2014年より現職。著書に『越境する雇用システムと外国人労働者』(東京大学出版会)、『国籍の境界を考える』『「外国人の人権」の社会学』(ともに吉田書店)など。
(構成=三浦愛美 写真=AFP/時事)
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