心温まる話があったとすれば、「心温まる」とは書くな

この本は、ノンフィクションを書こうと思っている人にとって、第一級の入門書にもなっている。

ノンフィクションについて本田さんはこう書いている。

「そもそもノンフィクションは書き手の『主観』のもとに成立する。仮に、十人のノンフィクション作家が同一の仕事に取り組んだとすれば、十通りの作品が生まれる。事実の取捨選択からして『人生観ないしは社会観、ひいては世界観、歴史観といった主観に基づいて』」行われるからだ。言い換えるならば、「一編のノンフィクションは出来事に仮託した書き手の存在証明ということになるのであろう」

また、元大阪読売新聞の名物社会部長だった黒田清さんが始めたジャーナリスト養成講座「マスコミ丼」に来た人間に対して、こうアドバイスをしている。

「お前さんの書くものは平均点以上だ。ただ形容詞が多い。まずは名詞と動詞だけで書くことを心がけてみたらどうか。心温まる話があったとすれば、『心温まる』とは書かずにその事実だけ取り出して書いてみる。そうすれば、読者もまた本当に心温まる話だよなと思ってくれるもんだ」

記者における「言論の自由」は、いい立てるものではない

本田さんは、あまりジャーナリズムについて真っ向から語ることは多くなかったが、『体験的新聞紙学』の中にこんな一節がある。

「記者における『言論の自由』は、いい立てるものではない。日常の中で、つねに、反覆して、自分の生身に問わなければならないものだ」

「文藝春秋」で「現代家系論」の連載が始まり、「現代」でも「日本ネオ官僚論」を始める。

「潮」でも連載を始めるなど活躍の場を広げていく本田さんを見ていて、当時の私の正直な気持ちをいうと、文藝春秋側の人になった、そう思っていた。

私は4年目に「週刊現代」へ移った。事件やトルコ(今のソープランド)の取材に追い回され、本田さんとは飲み屋で出会うくらいになっていた。会えば楽しく飲み明かしたが、ちょっぴり寂しい気がしていたのも事実である。

その当時、先輩からこんな話を聞いた。「週刊現代」の川鍋孝文編集長(後の日刊ゲンダイ社長)が本田さんに、新聞でいえば社説のようなものを巻頭で連載してくれないかと頼んだというのである。

もちろん週刊誌だから新聞のようではないが、川鍋編集長は週刊誌の顔を作ろうとしたのであろう。発想は悪くないが、いい方が悪かった。

何ページでもあげるから、それに専念して他には書かないでくれ。ついては、これだけ補償すると、とんでもない額を提示したというのである。