マラソン転向後は11戦10勝という驚異的な勝率を誇る

模範的なコーチのおかげかキプチョゲは「哲学者」のようなオーラを漂わす選手だ。コーチのサング氏も、「チャレンジを恐れない強い心を持った選手ですし、温かい心で仲間に接することのできる人物です」と評価する。さらにランナーとしては、「速さ」と「強さ」を兼ね備えている。

「勝つことが大切ではありません。勝つための準備をすることが大切」と語るキプチョゲ選手をサング氏は「温かい心で仲間に接することのできる人物」と評する(写真=NIKE)

サング氏がコーチに就任した18歳で「パリ世界選手権」の5000mを制すと、27歳まではトラックで活躍。マラソン転向後は、11戦10勝という驚異的な勝率を誇る。しかも、そのすべてがメジャーレースで勝っているのだ。2015年度から3年連続で「ワールドマラソンメジャーズ」のチャンピオンに輝き、2016年のリオ五輪でも金メダルを獲得した。

また、2017年5月にイタリアのサーキット場で行われた「Breaking2」では、複数のペースメーカーが交代で引っ張るなど、公認条件下ではなかったものの、当時の世界記録を2分32秒も上回る2時間0分25秒で走破している。そして、今秋のベルリンマラソンで2時間1分39秒の世界記録を樹立。キプチョゲは、人類が生んだ“最高傑作”ともいえるランナーだ。

巨万の富と名声を得た今も「朝5:45に起きる」ワケ

ケニア人はマラソンで成功すると、ビッグマネーを稼ぐことができる。

そのお金をもとにサイドビジネスを始める者も多く、なかにはカネの亡者となり、自分を見失ってしまう者もいる。しかし、巨万の富と名声を得たキプチョゲの生活は極めて質素で規則的だ。

キプチョゲは普段、ケニアで4番目に大きな街であるエルドレットでトレーニングを積んでいる。標高2100mの高原地帯だ。走る時期で走行距離は1週間に200~250km。週に2回は室内で約2時間のワークアウトもこなす。「走ることが私の仕事。きつい練習もまったく苦にならない」というキプチョゲは、休日に家族のもとで過ごす以外は、トレーニングキャンプで多くの選手たちと共同生活を続けているのだ。朝は5時45分に起きて、トレーニングをこなして、夜は21時に就寝する。圧倒的な成果を得ることができた理由について、以下のように語っている。

「やっぱり『楽しむ』ということが非常に大切になってきます。そしてプライオリティ(優先順位)をクリアにして、それに従って動くこと。自分で律して、きっちりとした生活を送り、良いトレーニングができているから結果が出ていると思います。トレーニングは自由な心で楽しむことを意識しています。準備がしっかりできれば、勝利はついてくる。勝つことが大切ではありません。勝つための準備をすることが大切なんだと思っています。毎日、自分を信じて、気持ちよくスポーツをやるマインドがあれば、誰でもいい仕事ができるんじゃないでしょうか」