「離脱強硬」は英国経済にとって最悪のシナリオ

離脱強硬派は、今般の離脱協定を認めるくらいならば「合意に基づかない」形での離脱のほうが望ましいと考えている。それは英国経済にとって最悪のシナリオだ。

「合意に基づかない」形で離脱が実現すれば、EUとの貿易に関税が課されるため、企業と政府は多くのコストを支払う必要がある。また英国経済の将来に悲観した投資家がポンドを売るため、ポンド安が進む。よって輸入が滞り、消費が悪化し、英国経済は非常に悪化する。

これまで英国の繁栄をもたらしてきたマネーも一気に流出することになる。当然、株価は急落する。英国をEU向けビジネスの拠点として使っていた日系を含む海外企業の大陸移転も加速する。悲観的なムードが漂う中で企業は投資を手控え、人員カットを進めるため、雇用情勢は悪化して失業者が急増する。

つまり、この見切り発車シナリオでは、英国は通商政策の主権を回復する代わりに、経済が大混乱に陥る。そのコストとパフォーマンスを天秤に諮った時、英国のメイ首相は交渉延期という現状維持を受け入れざるを得なかったのだろう。

問題は、こうした経済の理屈だけで交渉は動かないことだ。与党の保守党内に離脱強硬派が少なからずいるように、英国の中には英国がEUから完全に離脱することこそが望ましいと教条的に確信している有権者が数多く存在する。現実よりも信念が重要と考えるだけに、冷静な判断は下せない。

保護貿易の熱に浮かれ、冷静さを失っている

そうした熱に浮かれた人々を鼓舞する離脱強硬派の政治家にも責任のある態度は見られない。離脱強硬派の中心人物であるリースモグ議員やジョンソン元外相は火中の栗を拾おうとはせず、有権者へのアピールを重視し、メイ首相の批判に終始している。

同じように人々が熱に浮かれ、冷静さを失っていく傾向は世界中に広がっている。筆頭が米国だ。トランプ大統領はグローバリズムを批判して保護貿易を唱えている。グローバリズムによるベネフィットを最大限享受してきたのが米国のはずだが、トランプ大統領の支持者はそうした冷静な見方ができない。

英国が来年3月29日に「合意に基づく」離脱を実現していれば、英国経済はソフトランディングを迎えることができる。他方で同日に「合意に基づかない」形での離脱となれば、英国経済はハードランディングを余儀なくされる。そのとき熱に浮かれた人々は、自分たちの深刻な過ちに気づくことになるだろう。

3月29日までに英国はどちらの選択を下すのだろうか。引き続き目が離せない。

土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
(写真=AFP/時事通信フォト)
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