英国がEUから完全に離脱することは不可能

今般合意に達した離脱協定には、EUのみならず英国のメイ首相の意向が反映されている。メイ首相も現状維持という「問題の先送り」に合意したわけである。その背景には、英国が経済的にEUに強く依存していることがある。つまり、英国がEUから完全に離脱するということは不可能だという現実だ。

何より、英国の貿易の大半はEU向けに行われている。英国がEUの前身である欧州共同体(EC)に加盟したのが1973年。それ以降、英国はEUの関税同盟に参加しているため、EUとの間での貿易は無制限で行われている。ただ英国がEUから離脱すれば、その瞬間にEUとの貿易に関税が課されることになる。

英国の貿易の大半にいきなり関税が課されることになれば、その瞬間から企業は多額のコストを負う必要に迫られる。政府もこれまで40年にわたってEUとの間で行われた貿易に対して通関業務を行ってこなかったため、その再開に際して多額の費用が掛かることになる。

離脱強硬派はEUの関税同盟から離脱することで、英国が通商政策の主権を回復することができると主張する。ただ主権を回復したところで、英国貿易のEU依存という構造はすぐには変化しない。むしろEUとの貿易に通関業務のコストが圧し掛かることの悪影響が大きい。

「ポンド安」は英国経済にとって悪影響が大きい

16年6月の国民投票で離脱派が勝利した際、英国の通貨ポンドは歴史的な下落を記録した。当時、このポンド安が輸出を勢いづけるため、英国経済はむしろ好調を取り戻すと見る識者もいた。だが現状までの推移を評価すれば、悪影響のほうが大きい。

製造業に強みがある経済であれば、為替安は輸出の増加や企業収益の改善を通じて景気を浮揚させる。ただ英国の場合、国際的な強みがあるのは金融を中心とするサービス業であり、製造業はむしろ弱い。貿易収支も恒常的に赤字であり、典型的な輸入超過の経済である。

確かにポンド安で輸出は勢いづいて生産は好調になったが、一方で輸入が足踏みして消費が低迷した。差し引けばポンド安による輸入と消費の悪化は、英国経済の重荷になっている。また離脱交渉の先行き不透明感から設備投資が増えないため、輸出の増加にも陰りが見える。仮にEUとの間で関税が導入されても、ポンド安が一段と進めばEU向けの輸出は競争力を保てるかもしれない。ただ英国は原材料や部品の多くを輸入に頼っている。輸出のために輸入せざるを得ない経済でもあり、ポンド安の好影響は限定的となる。