【木村】個人で考えればいい私的な領域の話と、公権力に関わる話の違いで説明できますね。

【橋下】そうかもしれません。じゃあ「国旗国歌を大切にしましょう」はどうでしょうね。

憲法とは国家権力を縛るもの

【木村】「大切」の意味合いによるでしょうね。「日の丸」が国旗で「君が代」は国歌である、と法律で定めるのは、単に国旗と国歌を決めているだけのことです。

しかし「大切にしましょう」と書いてしまうと話は違います。国旗や国歌を大切に思うか、あるいは、国旗や国歌について何を発言するかは、内心の自由や表現の自由の対象です。国歌を歌わない人に刑罰を科したとすれば、現在の憲法の下では違憲となるでしょう。

これに対して、もしも憲法に「国旗や国歌を大切にしましょう」と書いてしまうと、国家を歌わない人に刑罰を科すことを正当化する根拠に使われる可能性が出てきます。

【橋下】確かに「大切」のところが重要ですね。「人権を保障しましょう」「人権を侵してはいけません」は、権力者に向けられた命令で、個人の話ではないけれど、「人権を大切にしましょう」と国民個人に向けて言い出すと憲法本来の姿ではなくなってしまう。

【木村】はい。やはり憲法は「国家権力を縛るもの」です。国家に対して命令しているのか、国民に対して命令しているのかで判断するといいのかもしれません。自民党案では、「家族は、互いに助け合わなければならない」と書いていますが、「家族は個人にとって大切なものだから、国家は、国民の家族を形成する権利をきちんと保障しなければいけません」と書いた場合はどうでしょうか? 単なる家族大切条項とは違う意味を持つのでは。

何を憲法に書いてはいけないのか

【橋下】その書き方だったら、先ほど木村さんが懸念していたように、「生活保護申請者も家族の扶養でどうにかしてください」という解釈につながりませんか?

【木村】もちろん、そうした解釈をする人も出てくるだろうとは思います。ただ、専門家から見たらありえないことを「こういう解釈も可能だ」と強弁する人がいるのは、ある意味仕方がない。そういう人は、無視するしかないはずです。

むしろ、専門家として、事前に対策をとって、避けなければいけないのは、「国民は家族を大切にする義務を負う」と理解される書き方でしょう。

【橋下】なるほど。国家の義務として書かれるならまだしも、国民が負うべき義務として書かれることは絶対に避けなければならないということですね。

【木村】そうですね。何を憲法に書いてはいけないのか、を考えていくことで、憲法に何を書くべきかが見えてきますね。

橋下徹(はしもと・とおる)
前大阪市長・元大阪府知事
1969年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、大阪弁護士会に弁護士登録。98年「橋下綜合法律事務所」を設立。TV番組などに出演して有名に。2008年大阪府知事に就任し、3年9カ月務める。11年12月、大阪市長。近著に『政権奪取論 強い野党の作り方』(朝日新書)。
木村草太(きむら・そうた)
憲法学者
1980年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。同助手を経て、首都大学東京都市教養学部法学系教授。専攻は憲法学。『報道ステーション』でコメンテーターを務めるなどテレビ出演多数。著書に『自衛隊と憲法 これからの改憲論議のために』(晶文社)、『憲法の急所』(羽鳥書店)など。
(構成=山本菜々子)
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