R&Dで経験した「成功」と「失敗」

パナソニックの経営理念といえば、「経営の神様」と言われた創業者・松下幸之助氏の言葉である。実は、津賀氏は社長就任に際し、松下幸之助氏の本や発言、自分の経験を整理して、今後の活動の指針にしようと考え、筆ペンで書き、自宅の壁に貼った。それは、「素直な心で、衆知を集めて、未知なる未来へ挑戦する」というフレーズ。

丁稚奉公から身を起こし巨大企業をつくり上げた松下幸之助は、戦後日本企業の成功の象徴だ。創業100周年の今、そこから受け継ぐべきもの、変えるべきものが問われている。(時事通信フォト=写真)

「素直な心」について、松下幸之助氏は「素直な心とは、寛容にして私心なき心、広く人の教えを受ける心、分を楽しむ心であります。また、静にして動、動にして静の働きある心、真理に通ずる心であります」(『松下幸之助の哲学』)と述べている。この言葉を受け津賀社長は「世の中はピンチに陥ることもあるが、いつも発展するものだ、という生成発展の道理が大事。そして、われわれはお役立ちをどこに求めるのかというと、一商人としての心構えを忘れてはいけないということ。お客様にお役立ちできてこそメーカーであるということです」と解釈している。

「衆知を集める」もしくは「衆知を集めた全員経営」を唱えるにあたり、松下幸之助氏は「この世の中、本当は、わかっているよりも、わからないことの方が多く、知っているよりも、知らないことの方がはるかに多い」(『続・道をひらく』)と気づいた。

そして、「未知なる未来へ挑戦する」というのは、津賀社長が付け加えた言葉。この思考の背景には、自身がR&D(研究開発)で経験した成功と失敗がある。単に失敗したことよりも、失敗はしたがその後、成果につながったことで達成感を感じた事象は人の記憶に残りやすい。多くの経営者は、この脳に刻まれた「快感」をベースに経営理念や経営戦略を構築していることが多い。

経営資源をほかに利用する

老舗には長年にわたり構築されてきた経営資源がある。それが最大の財産。パナソニックで言えば、100年間にわたって蓄積してきた、ブランド、顧客との信頼関係、技術、モノづくり力など。しかし、それに依存し続けていては生き残れないほど環境変化の速度は速くなっている。

そこで、津賀社長は社長就任以降、パナソニックはいわゆる転地(事業領域の変更)という経営戦略で飛躍しようとしている。それは、これまで培ってきた経営資源の延長線上にある連続的イノベーションであると考えられる。

パソコンで使われていた充電できる二次電池の技術をEVに応用し、「地」を「転」じた戦略を例にすればわかりやすい。とはいえ、津賀社長は、社内の経営資源のやりくりだけで事業環境の変化に対応できるとは考えていない。

「もっといい出口がある(より収益性が高い)分野へシフトできるリソース(経営資源)は使っていきます。そうではなく、外部のパートナーと一緒にやったほうが結果的に良くなるという場合は、躊躇なく外へ出します。現在のリソースを固定的に考えているわけではありません」