1 グローバル企業が幹部に美術を学ばせる理由
「正しい」経営判断が、企業を衰退させる!?
今、世界的に名だたるグローバル企業が経営幹部を英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)などの美術大学院に送り込み、アートを学ばせています。
その理由は、市場調査や統計分析などサイエンスに基づいた従来のモノサシに頼っていては未来がないことに、彼らが気づき始めているからです。
10年前の携帯電話を思い出してみてください。当時は大半が折りたたみ式で、機能やデザインでメーカーを言い当てるのは困難でした。各社それぞれに市場調査をし、集まったデータを開発に反映した結果、同じような製品ばかりになってしまったのです。
そこへ、「自分たちはこれが美しいと思うから」という理由で開発されたiPhoneが登場して、シェアを根こそぎ奪ってしまった。従来正しいとされてきたモノづくりのプロセスが、根底から揺らいだ出来事でした。
このほか、マツダや無印良品など、マーケティングに頼らない独自の美意識を確立した企業が好業績をおさめているのはご存じの通りです。
企業の経営やマネジメントでも、同様の問題が生じています。企業の意思決定は、役職ごとに定められたルールと手順があり、その範囲内で裁量が与えられるシステムです。そこで処理できない問題は、上役に判断を仰ぎます。
ルールと手順を決めて処理するのは「アルゴリズム」ですが、上層部にいくほどそれでは解決できない問題が残り、ヒューリスティック(推論や直感)の判断を迫られます。どうしたらそこを鍛えられるのかということで模索されている方法の1つが、「経営幹部のアート教育」なのです。
美術を学ぶことで、何が得られるか?
美術大学が経営幹部向けに実施しているプログラムは多岐にわたりますが、その1つがVTS(Visual Thinking Strategy)という「見る」トレーニングです。
数人で絵画を前に「そこに何が描かれているか」を自由に発言していきます。参加者は最初「船の絵だ」「4人乗っている」など“見えたまま”を答えますが、次第に人物の表情や風向きなどに気づく人が出てきます。それらの情報を総合していくと「船は漂流しているのではないか」など、最初は見えなかったストーリーが“見えてくる”のです。