江戸時代、名もなき神仏が熱狂的な参拝対象になることがしばしばあった。流行神になったのは有名寺社の神仏だけではなかった。由来不明な怪しげな神々が、突然、強力なご利益をもたらす神として参詣者を集め、そして、間もなく打ち捨てられたのだ。民俗学者・宮田登によれば、流行神には福の神が多かった。かつては現代よりも貧富の格差は激しく、火事や疫病などで簡単に死が訪れた。死や不幸がありふれていたからこそ、多くの福の神が必要だったというのである。

流行神が興味深いのは、伝統ある有名寺社の神仏でなくとも、ある日、急に爆発的な人気を博すことだ。むしろ、個人宅に祀(まつ)られていた屋敷神や、村内の一部の人々だけが祀っていた祠(ほこら)が、突然、広範囲から熱狂的信仰を集めることが多い。宮田は、流行神の発生パターンを次のように説明している。

まず、多くは何かをきっかけに、ちまたに祀られていた名もなき神仏が発見されることで始まる。「何か」とは、夢でのおつげや神像仏像などの天空からの飛来などだ。そして「祠(ほこら)に不敬なことをしたら罰があたった」「試しにお参りにいったら強力なご利益があった」といった霊験譚が広まったり、誰かが神がかりになってメッセージが伝えられたりすることで流行神が生み出されるというのである。

人面犬も「流行神」の一種

宮田によれば、1980~90年代にブームになった人面犬・人面魚・人面木なども流行神の一種である。

人面犬は、胴体は犬で顔が人間という妖怪であり、関東地方を中心に噂(うわさ)が広まった都市伝説だ。人面魚は山形県鶴岡市の善宝寺の池に住むコイである。ブームの時には老若男女の多くの参拝者があり、土産物として人面魚まんじゅうも売り出された。人面木は、千葉県八千代市の公園にあるケヤキの切り口が人面に見えるというものだ。近所の人が「ゆりの木観音」と名づけ、木に触るとご利益があるという噂が広まり、賽銭箱も置かれるようになったという。

極端な話、元になる神仏そのものは問題ではない。なんでもいいから、まずはその神仏や場所に関する情報が広範囲に伝わることが重要なのだ。一度拡散し始めれば、噂が噂を呼び、新たな霊験やご利益の話も自然に増殖してゆくのである。