魔法の言葉:“平等にえこひいき”すれば、みんな伸びる
高濱正伸

人はどういうときに大きく成長するのか──。答えは“えこひいき”をされたときです。「私はみんなに対し平等に接します」という学校の先生がいたとすれば、親御さんも子供たちも「いい先生でよかった」とホッとするでしょう。でも、ただ平等に接するだけでは1年後、「クラスの誰も伸びなかった」という事態を招きかねません。これに対し、「“平等”に“えこひいき”している」とコメントした人がいます。バレーボール全日本女子の中田久美監督です。中田監督といえば、選手たちに緊張感のある厳しい練習を求め、時に激しい言葉をぶつけることでも知られています。しかし、それだけの指導であれば、実力がありプライドが高く、個性派がそろうトップ選手たちをまとめあげるのは難しいはず。しかし、“平等”と“えこひいき”という一見矛盾する言葉を合わせて実践することにより、その選手たちをまとめあげていたわけです。ここに、人を育てるための本質があります。

「花まる学習会」代表 高濱正伸氏

私は小学6年生のある日、体罰も厭わない先生に呼び出され、戦々恐々としていました。すると先生は「おまえはちょっとモノが違う。勉強がすごくできるようになるよ。旧帝大にだって行けるはずだ。自習をしてくれば、見てあげるぞ」と言うではありませんか。悪い気がするはずもありません。

単純なもので、「僕はそうなんだ」と思い込み、バンバン自習して、毎日先生のところへノートを持っていく。それを先生はろくに見もしないで、「よし」と言いながらハンコを押す。でも、その「よし」という言葉や、特別扱いを受けているという感覚が嬉しくて、自習する教材がなくなるほど勉強し尽くしました。自分の意思でやっているから、1問もズルせず、丁寧に時間をかけて解いていく。だからものすごく学力が伸びたのです。中学入学直後の学力テストでは県内で1、2位を争うほどで、偏差値は90台でした。

ただ、大人になってから同級生と酒を酌み交わしていると、その同級生が「じつは俺、6年生のときに“えこひいき”されていたんだ」と打ち明けるではありませんか。先生は、同級生全員に同じようなことをやっていたのです。勉強だけでなく、書道、絵画、スポーツなど子供たちそれぞれに合わせた“えこひいき”をしていたようです。

つまり、人を育てる側に立つなら、“戦略的なえこひいき”を考えるべきです。3人の子を持つ、あるお父さんは「ひとりっ子作戦」を思いつきました。真ん中の子が、どうもグズって宿題をやらない。そこで、上の子と末っ子を1週間実家へあずけ、真ん中の子と両親だけでディズニーランドへ行ったり、散歩をしたり、そしてご飯を食べ、お風呂に入り、川の字になって寝起きした。それだけで劇的に変化しました。真ん中の子としては、愛情が上の子や下の子にばかりいって、自分に向いていないという想いがあり、それがグズる原因になっていたのです。

“平等にえこひいき”することは、大人にも有効です。「最近、元気がないな」という部下がいたら昼食に誘い出し、一対一の時間をつくります。込み入った話をする必要はありません。「元気がないことに気づいてくれた」と、部下に伝わってさえくれれば、回復への足がかりとなるのです。

鍛治舎 巧(かじしゃ・たくみ)
岐阜県立岐阜商業高校野球部監督
同校でエースとして1969年の春のセンバツに出場。早稲田大学卒業後、松下電器産業(現・パナソニック)に入社。2006年役員、常務役員、専務役員を歴任。85年から10年までNHKの野球解説者として高校野球の実況放送に携わる。18年より現職。
 

高濱正伸(たかはま・まさのぶ)
「花まる学習会」代表
1959年、熊本県生まれ。「作文」「読書」「思考力」「野外体験」を主軸にすえた学習塾「花まる学習会」代表。東京大学農学部卒、同大学院農学系研究科修士課程修了。『子育ては、10歳が分かれ目。』『「メシが食える大人」に育つ子どもの習慣』など著書多数。
 
(構成=小澤啓司 撮影=熊谷武二、尾関裕士)
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