今回の発表に対する金融機関側の受け止めはどうか。全国銀行協会の藤原弘治会長(みずほ銀行頭取)は「副作用への配慮が示された」との談話を発表、好意的な姿勢を示した。
ただ「長期金利が仮に0.2%に上昇しても、銀行への収益改善効果は微々たるものだ。これから地銀などが経営危機に陥った際に、日銀の責任論が出ないように、配慮した程度にすぎない」(メガバンク幹部)と言うのが実態だろう。
安倍首相と財務省への配慮
森友や加計問題を抱えながら、安倍政権が長期化している背景の一つに、異次元緩和が生み出した円安、株高、失業率の低下があると見られることは、これまでも繰り返し、指摘してきた。
今年9月には自民党総裁選があり、来年4月に統一地方選、7月に参院選と安倍晋三首相にとっての政治的な節目が続く。そうした中で、「引き締め」と受け取られかねない金融政策を導入するハードルは、徐々に高くなっていく。そこで今年7月末のタイミングで思い切った金融政策の修正に舵を切ったのではないか。
その際、フォワードガイダンスを採用して、粘り強い金融緩和政策の継続をアピールするとともに、長期金利の急伸を抑え込んだ。背景には、安倍首相の支持率に影響を与えかねない円高、株安への波及を慎重に避ける配慮がにじんでいると考えられそうだ。
さらに、日銀はフォワードガイダンスについて「消費税率引き上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ……」と2019年10月に予定されている消費税の引き上げにあえて言及した。これは、少なくとも消費税の引き上げまでは、粘り強く金融緩和を継続することを宣言したとも言え、増税を側面支援しているとも受け取れそうだ。
市場関係の中には「消費税の引き上げを確実に実施したい財務省との綿密な連携がうかがえる文言だ」と指摘も出ている。
異次元緩和の「出口」への伏線
さらに日銀は31日に「賃金・物価に関する分析資料」も発表した。日銀は2016年9月に公表した「総括的な検証」で、日本でデフレ脱却が難しい要因について「適合的な期待形成」というキーワードを使って説明した。過去のデフレに引きずられて企業や消費者が行動するため、金融緩和を継続して実施しても人々の物価観を転換でき難くなっているとの分析だ。
今回の分析では、さらに公共料金の伸び率が低い背景について公営企業の収益に対する補助金の投入の影響を指摘した。また、スーパーの販売価格の伸び率か鈍化している原因については、インターネット通販やドラックストアとの競争激化があることにも言及した。
こうした説明の追加は、異次元緩和がデフレ脱却への効果を想定通りに発揮できていないことへの分析をより入念に準備したものだとも言えるだろう。
日銀は、異次元緩和の心臓部である年80兆円の国債の買い入れについては、「弾力化」によって買い入れ額を実体的に急激に縮小させている。今回の決定で、長期金利のゼロ近辺という誘導目標も、0.2%まで上昇を許容することになった。
2019年の消費税の引き上げが実施され、経済へのショックが出なかった時、物価上昇率が目標の2%に達していなくても、黒田日銀が異次元緩和の旗を降ろし「出口」に向かう伏線が、すでに着々と張り巡らされているのだ。ダブルバインドとはいえ、意識の比重は出口戦略の方に傾いている。