Aさんによると、大きな被害を受けた真備地区の中心部は人気のエリアだったという。取材班も同地区を歩いたが、大型商業施設やホームセンターが立ち並ぶ典型的なロードサイドエリアだ。国道486号線と県道278号線のあいだに挟まれたエリアは、10年以内に建てられたであろう真新しい家が多い。壁や屋根を見ても、かなりスタイリッシュな印象を受けた。

「土地価格が安いため、その分家にお金を掛ける人が多かったんです。真備地区の住人がもっとも増えたのは1970年前後。もともとは水島地区にある三菱重工や川崎重工、川崎製鉄に勤めている方が交通の便がいいと次々に家を建て、開発が進みました。今回被害を受けた新興住宅地の住民は、その子供たちが親世代になり、『実家に近いし、土地価格も安いから』と家を建てたケースが多かったようです。皮膚感覚では、ここ1~2年で結構新築が増えましたよ」

100年以上前から、浸水災害が11回も

だが、Aさんは「今の若い住民にはわからないかもしれないが、決して真備地区は水害が少ないエリアだったとは言えない」と話す。

「倉敷を含め、岡山県は水害の少ない地域というイメージがあるかもしれませんが、今から100年以上歴史をたどると、実は今回と同規模の水害が発生しているんです。今回氾濫した小田川には支川が複数あります。その支川の水はポンプで排水しているのですが、ポンプが故障して住宅地まで水が流れ込み、床下浸水被害に遭うケースも何度かあったんです」

毎日新聞の報道によると、岡山県西部を流れる高梁川流域では1893年以降、100棟以上が浸水する水害が11回あった。約4600世帯が浸水した今回の規模の水害は、1970年代以来だったという。

「今回被災した方の多くは最低限、火災保険には入っていると思うのですが、その中に水害の補償がどの程度含まれているかというのは、それぞれだと思います。まったく補償が利かない保険もなかにはあるでしょう」

統計的に日照時間が長くとも、たった1度の豪雨被害で町の風景は大きく変わってしまう。過去のデータをもって安全神話を掲げるよりも、いざというときのために防災対策を掲げ、土地の歴史を知ることがどれだけ重要であるかを今回の豪雨被害は地域に突きつけたのかもしれない。

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(撮影=鈴木聖也)