イノベーションを成し遂げられるのは、周りに相手にされないくらい高い理想を掲げ、行動に移せる人だけだ。その一人、テスラCEOのイーロン・マスクについて、作家のポール・スローンは「宇宙進出という『大きなビジョン』が人々に刺激を与えると同時に、自分自身とチームにも強い目的意識と価値観を与えた」と評価する。アニメの常識を覆したウォルト・ディズニー、宇宙への夢をぶち上げたジョン・F・ケネディ大統領といった世界を変えた偉人を支えたのも、「大きなビジョン」だった――。

※本稿は、ポール・スローン『いつもの仕事と日常が5分で輝く すごいイノベーター70人のアイデア』(TAC出版)の一部を再編集したものです。

成功をさらなる成功への足掛かりにしたマスク

イーロン・マスクは南アフリカ共和国で生まれた。コンピューターを初めて手にしたのは8歳のときで、やがてプログラミングを学び始める。17歳でカナダの大学に入り、その後アメリカに移ると、旅行ガイドをオンラインで提供するZip2という会社を立ち上げた。

当時はインターネット書籍が始まったばかりで、同社が成功を収めると、彼は1999年にZip2をコンパック・コンピューター・コーポレーションに3億3000万ドルで売却する。その後すぐに、オンライン決済を提供する新たなインターネット会社X.comを興した。これがPayPal社になり、同社の株式を11%保有していた2002年に、15億ドルでeBay社に売り渡した。

マスクは同2002年に、3つめの会社となる宇宙探査技術会社、通称スペースX社を立ち上げて、宇宙旅行用の商業用宇宙船の製造に乗り出す。2008年、アメリカ航空宇宙局(NASA)は国際宇宙ステーション(ISS)への物資輸送に、スペースXを採用した。同社は2012年に、ISSへ物資を運ぶロケットを宇宙に飛ばした初の民間企業となり、歴史にその名を刻んだ。

2004年、マスクは大衆向け電気自動車の製造のため、新興企業のテスラモーターズ社に資金援助を行い、2008年には同社のCEO兼製品設計者に就任した。その年、テスラモーターズはリチウムイオン電池で動く電気スポーツカー「ロードスター」を発表し、2010年には新規株式公開で2億2600万ドルを集めた。

マスクは同社における多くのイノベーションの実現にかかわっており、車体への炭素繊維強化ポリマーの使用も主張した。さらには、自社の電気自動車のすべての特許を外部使用向けに公開するという、前例のない手段に出た。「われわれの技術を誠実に利用したいという人に対して、特許訴訟を起こす気はない」と述べている。他の自動車メーカーとは異なり、テスラモーターズは一般の人に対して、特約販売店経由ではなく直接販売を行っている。

人類の将来を見据えた理想

2013年、マスクは輸送手段に関する斬新な提案をする。「ハイパーループ」といい、人を乗せたポッドが低圧チューブ内を最高時速1100キロメートル以上で走行するというものだ。彼はこのアイデアの開発に資金提供をして、2017年には、ハイパーループ用ポッドの試作機デザインに関するコンペを実施している。

人類の利益と存続に向けて、マスクは宇宙開発の可能性に関する大きな理想を掲げてきた。この目的のためにマスク財団を設立し、宇宙開発の推進と再生可能なクリーンエネルギーの開発をめざしている。