野球界の恐るべき「走って下半身を鍛えろ」至上主義
野球に詳しいスポーツライターA氏は、5月に張本を取材して、「走り込み」について聞いている。そのとき張本が主張したのは、こういう理屈だった。
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「下半身ができてない(投球時に下半身が沈まない)」
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「(下半身の踏ん張りがなく)上半身の力に任せて投げる」
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「(ボールを投げる腕の肘や肩などを)ケガをするリスクが高くなる」
中学・高校と野球部で投手経験もあるA氏は、「張本さんの意見も『間違い』とは言い切れないのかなと思いましたね」と話す。
「400勝投手の金田正一も『走る派』でしたけど、『走ると下半身ができる』というのが日本の野球界では疑問を持たないくらい浸透しています。野球というスポーツにおいて、投手は最も運動量が多いポジションなので、スタミナをつけなきゃいけない。走り込むことでそのスタミナに加え、メンタル的な自信もつく。また走り込むと下半身の粘りが出るので、投げるボールの初速と終速の差がなくなると言われています」
▼走り込みで芝生に轍ができた「桑田ロード」
投手の走り込みについて考えたとき、筆者がすぐに思い浮かべたのは「桑田ロード」だ。
元読売ジャイアンツ投手の桑田真澄は1995年にマウンド前にあがった小フライを捕ろうとして、ダイビングして右肘を強打。後の検査で、右肘側副靭帯断裂の重傷を負っていたことが判明して、米国でトミー・ジョン手術を受けている。
桑田は、「ボールは投げられなくても下半身は鍛えられる」と練習グラウンドの外野の芝生を走り続けた。何度も往復して走ったため、芝生には「桑田ロード」と呼ばれる“轍(わだち)”ができたのだ。そして、1997年4月、661日ぶりにカムバックを果たすと、そのシーズンに10勝を挙げた。もちろん復活を遂げたこと自体は素晴らしい。だが、科学的なアプローチとしてはクエスチョンだ。
阪神タイガースや楽天イーグルスを優勝に導いた元監督・野村克也も、現役時代に南海ホークスの鶴岡一人監督から、手にマメをつくったときだけ例外的に褒められたために、「マメを作るためにバットを振っていた」と自著で回顧している。
時間、回数、距離など、日本人は目に見える「努力」に弱い。野村の話もそうだが、日本のスポーツ界には、本来なら手段にすぎない行為が、目的になっている場合が少なくない。
たとえば、余裕で100回できる腹筋運動よりも、10回できるかどうかの腹筋運動を3セットこなしたほうが、筋力向上には効果的だ。しかし、指導者も選手も、「100回」という回数のほうに重みを感じてしまいやすい。