必要以上に働かずに生きていく。大原扁理さんは20代の頃から、東京郊外で年収100万円以下、週2日労働という「隠居」生活をしています。気楽ですが、ときには「自分は生きている価値がないんじゃないか」という気持ちになることも。そのため大原さんは「国や親には頼らないようにした」といいます。そんな暮らし方のポイントとは――。

※本稿は、大原扁理『なるべく働きたくない人のためのお金の話』(百万年書房)の第3章「手にしたお金で、自分はどう生きたいのか?」を再編集したものです。

「ある時払い」を利用する

必要以上に働かない生活を選ぶ場合、おそらく1番の心配事は税金・年金の支払いだと思います。

イラスト:fancomi(大原扁理『なるべく働きたくない人のためのお金の話』より)

私は隠居生活に突入してから年収が100万円を切ったので、所得税・住民税が免除されていました。国民健康保険料は発生しますが、それでも年間1万2000円。

年金については、低所得の場合は免除の申請ができます。基準は非公開らしいのですが、年金事務所の審査があって、それに通れば全額から4分の1までの免除が受けられることになっています。私は全額免除になりました。

どうしてわざわざ免除の申請をしたかというと、払うつもりがあるからです。免除の申請をしておかないと、年金は通常、2年で納付期限が過ぎて払えなくなってしまいますが、免除の申請をしておけば、後納することができます(2018年6月現在)。

収入の不安定な個人事業主に多いらしいのですが、「ある時払い」というやつですね。年金や税金の話になったときに思い出すのは、「自分が何のために生きているのか」ということです。私は税金を払うために生きているわけでもないし、払わないことに命を賭けているわけでもありません。毎日を楽しく悔いなく過ごすことがいちばん大切です。その結果、払えればそれでいいし、払えない時期があったっていいんです。

いやいや働いて払う税金は「不公平感」があった

もちろん毎月キッチリ税金を払えるのが理想だとは思いますが、私は総合点で見ることにしているのであまり焦ることもないし、そもそも人生の目的がそこにはありません。

家賃の高い都心に住んでイヤイヤ働いて払っていた税金には、まるで自分だけが割を食ってるという不公平な思いしかなかったのに、隠居してから自発的に働いて得たお金で払う税金は、同じ税金でも、なんというか、とても豊かな気持ちがします。

払う・払わないということに、基本的な幸せが左右されない税金との付き合い方があるというのは、予想外の発見でした。

この先どうなるかはわかりません。でもこれからも、税金や年金を払うことが、人生の最優先事項にならないのは確かです。もしかしたら来年は私の興味が、お金の発生しないほうに移っていくかもしれないし、余暇活動をしても思ったよりお金にならないかもしれない。それでももしかしたら、私が死ぬとき、払った税金の総額が、人より多い可能性だって十分あると思うと、それも悪くないような気がします。