部下の心理をつかむにはどうすればいいのか。そうした「リーダー学」を身につけるために大企業の経営者が「座右の書」としてきた中国古典が『貞観政要(じょうがんせいよう)』だ。この全10巻40篇という大著のエッセンスとはなにか。そして経営者たちに愛されてきた理由とは――。(後編、全2回)

※本稿は、守屋洋著、プレジデント書籍編集部編『貞観政要がやさしく学べるノート』(プレジデント社)を再編集したものです。

武勇で天下は取れても、天下を治めることはできない

「馬上で天下を取ったとしても、馬上で天下は治められない」という言葉がある。いくら武勇に優れていても、平定することはできても、国を統治することはできないというのである。ここに創業と守成の大きな相違を見出すことができる。

守屋洋著、プレジデント書籍編集部編『「貞観政要」がやさしく学べるノート』(プレジデント社)

漢(かん)の高祖劉邦(りょうほう)はライバルの項羽を倒して漢王朝を興して皇帝の位につくが、7年後、体調を崩して病の床についた。病状は日に日に悪化し、心配した皇后の呂后(りょこう)が、名医を探し出して診察にあたらせた。

ひととおり診察が終わったところで、劉邦が自分の病状を尋ねたところ、医者は笑って「きっとよくなります」と慰めた。ところが、劉邦は声を荒らげ、「天下を取れたのも天命なら、今こうして死んでいくのも天命、この天命だけはどんな名医もどうすることもできない」といって、治療をさせず褒美(ほうび)だけを与えて医者をさがらせたという。

一介の庶民から身を起こし、「天下を取れたのは天命だ」というのは、噛み砕いていえば、天下を取れたのは努力や能力が優れていたからではなく、運がよかったからだということにほかならない。これは劉邦の偽りのない実感だったことだろう。

松下電器(現パナソニック)の創業者である松下幸之助も、同じようなことを語っている。あるとき「あなたがこれほどの成功をおさめた理由はなんですか」と聞かれて、「いやなに、人様よりも少しばかり運がよかっただけですよ」と答えたといわれている。

こうした感慨は、創業の経営者が成功した後で過去を振り返ったとき、共通しておぼえるものかもしれない。もちろん、その人が謙虚な人物であればという前提はつくが……。

いずれにしても、創業してあらゆる困難を乗り越えて成功にたどりつくには、得体の知れない不確定な要素である「運」というものがかかわってくることは、認めざるをえない。だから創業には、誰にでもあてはまるような共通の成功法則など、容易に見つけだせないのである。