ところが、複雑な構造とテーマをもった作品であるにもかかわらず、劇中ではそのことをほとんど説明していません。説明をあきらめてでも、泣かせるドラマに集中した。そのことに、僕は「よく割り切った!」と感心しました。

新海誠のデビュー作『ほしのこえ』(2002年)は、男の子と女の子が何光年も離されて、女の子は銀河の果てで宇宙人と戦い続けている。お互いいつか会えるんだろうか……と考える、救いようのないほど切ない話でした。彼の作品は評価されて熱心なファンもいましたが、その彼が一念発起して感動ドラマのエッセンスを取り込んだのが『君の名は。』であると思います。

これまでの新海誠作品がカカオ90%のビターチョコだとしたら、『君の名は。』は砂糖を入れ、ミルクもちょっと加えてなめらかにしたダークチョコというところでしょうか。

現実の風景よりも美しい「ルック」、宇宙的な規模で織りなされる壮大な構造、それを誰でも感動しやすいドラマとしてきっちり落とし込んだ。それが『君の名は。』の大ヒットにつながったのでしょう。

ハリウッドは実写版『君の名は。』に本気

さて、世界的なヒットを受けて、『君の名は。』はハリウッドで実写化されると発表されています。

監督が誰になるかわかりませんが、脚本がエリック・ハイセラーというだけでもかなり期待できそうです。彼が脚本を担当した最近の映画といえば、異星人とのファーストコンタクトSF『メッセージ』(2016年)。

原作はテッド・チャンの『あなたの人生の物語』という名作短編ですが、「映像化は不可能」といわれていたんですね。それをちゃんと仕上げた手腕がすごい。

『メッセージ』のような映画をつくるとき、普通に優秀なシナリオライターなら、内容と画面のどちらを優先するか選ぶんですよ。ハリウッドの場合は、画面を優先してテーマ性を捨てることが多いんですが、『メッセージ』は原作のテーマ性を残しつつ、「この世界の美しさ」をきちんと描いています。

ハリウッドによる実写化と聞いて、『ドラゴンなんとか』のような作品を思い浮かべる人もいるでしょうが、『君の名は。』はまったく違うものになると思いますね。

『スター・ウォーズ』の新シリーズも手がけるJ.J.エイブラムスが「まず、エリック・ハイセラーを押さえた」というところから、ハリウッドの本気度が伝わってきます。