日本食の出汁文化を海外に拡めたい

「蔦」は今、日本という舞台を飛び出し、世界をフィールドにラーメンの魅力を伝えようと奮闘中だ。2016年11月にオープンさせたシンガポール店を皮切りに現在、シンガポールに2店舗、台湾に1店舗、香港に2店舗の計5店舗を構える。1年間に5店舗を出店させるという破竹の勢い。きっかけは、海外の会社から「そろそろ日本以外のフィールドでも勝負してみてはどうか」というオファーがあったこと。次のステップへと進む良い機会かもしれないと考え、話を受けることにしたそうだ。

「海外でも、ラーメンの認知度は徐々に上がってきています。ですがまだ、人気なのは圧倒的に豚骨ラーメンなんですよ。豚骨ラーメンに文句を言うつもりはありませんが、私は日本の食文化の魅力は出汁にあると思うんです。出汁のおいしさは、世界からもっと評価されてしかるべきだと考えています」

和食の1分野としてのラーメン、すなわち、出汁をフィーチャーしたメイド・イン・ジャパンのラーメンを世界に知らしめるため、立ち上がったのだという。

大西氏にとって、ミシュラン受賞は単なる通過点だ。提供するラーメンの完成度の高さに鑑(かんが)みれば、仮にミシュランを取らなくても、遠からぬうちに、彼のラーメンは世界中に知れわたっていたに違いない。だが、受賞が海外進出の大きなきっかけとなったこともまた事実だ。新たな一歩を踏み出すチャンスをもたらしたという点では、意味があるものだったのかもしれない。

大西氏のラーメンに対する姿勢は、2012年に「蔦」を開業したときから、ブレることなく一貫している。屋号に「Japanese Soba Noodles」と名付けたことから分かるように視線は既に世界を見据えていた。ラーメンを日本料理の1分野と捉える姿勢は、屋号を命名する段階から明確に示されていたのだ。

「ですから、自分としては今、特別なことをしているつもりはないんです。今の自分ができることを当たり前にしているだけ。海外に進出する前は、この店の中で世界に誇ることができる日本食としてのラーメンを創ってきただけですし、海外進出後は、その行動を海外で実践しているだけです」

「醤油Soba」を1000円から900円に値下げした理由

2017年6月における「新味」のリリースと同時に、大西店主は「醤油Soba」の価格を100円下げて900円とした。今、ラーメンの価格が年々上昇傾向にあり、1000円を超えるラーメンを出す店も珍しくない。つまり、あえて逆を行っているのだ。

「今回開発した『新味』は、素材の持ち味を最大限活かしたシンプルな作品にすることを心掛けました。900円にしたのは、トッピングの内容まで徹底的に見直し、本当に必要な具材を選(え)りすぐった結果、その価格で対応できることが分かったからです」

もちろん、今回の「醤油Soba」にも十分なコストは掛けている。昔、ラーメンのスープを採るために使う鶏はブロイラーが一般的だったが、今では地鶏を使う店も多い。ラーメンだけがいたずらに安ければ良いとされる時代は、とうに終わりを迎えている。