貴乃花親方の奇妙な態度
忌まわしい暴行事件だった。
一般の事件であれば、警察が乗り出し、マスコミが被害者の状況を調べ、加害者の動機を暴き、識者が論じ、それを耳にする私たちは憤ったり嘆息したり、ときには溜飲を下げたりする。受け取り方はさまざまだろうが、多くの情報にとりあえずは納得させられるのである。ところが本件、「日馬富士による貴ノ岩暴行事件」はどうも見通しが悪い。報道は過熱するが、強烈な違和感が私にまとわりつく。
それは貴乃花親方の頑なな態度に起因している。「親方」。広辞苑によれば、「親と頼む人。親代りの人」である。貴乃花親方は傷害事件の被害者・貴ノ岩の「親」であり、理不尽な暴行に対する強硬な姿勢はわかる。「絶対にうやむやな決着にさせない」と眉に力を込めるのも無理はない。日本相撲協会という大きな組織を向こうにまわしての孤軍奮闘だ。八角理事長54歳、貴乃花親方45歳。若き親方の改革を支持し、応援する向きも多い。
しかしそれにしても、である。
相撲協会への協力を徹底して拒否、理事としての職務放棄、マスコミへの無言。これらがネガティブな影響を相撲界にもたらした。九州場所を全休したことによる貴ノ岩の初場所の番付降下、貴乃花親方の冬巡業不帯同によるファンの落胆。そして日馬富士の引退。これは自業自得ではあるものの、横綱の引退は大相撲の歴史のうえで特別に重い出来事だ。横綱は江戸の頃から現在までで72人しかいない。相撲ファンにとっては内閣総理大臣よりも横綱である。
その重みを知り尽くしているはずなのに、横綱引退の報を受けた貴乃花親方は「引退するほどのことではない」と発言している。この貴乃花親方の奇妙な態度は、どこからくるのか、ひもといていきたい。
半世紀近く大相撲を取材したジャーナリストの大見信昭はこう語る。
「貴乃花は現役時代から徹底した完璧主義者。力士かくあるべき、横綱かくあるべき、相撲界かくあるべき、という確固たる理想を持っている。その理想に反すると思うからか、今の相撲協会をまったく信用していない。理事長戦で八角親方に敗れたという表面上の確執だけでは片付けられない話です」