笑いやユーモアは仕事をするうえで、大切な役割を果たす潤滑油だ。実業界で「コミュニケーションの達人」として名高いアサヒグループホールディングスの泉谷直木会長が、3つのシーン別にビジネス・ユーモアのコツを伝授する――。

(1)パーティ・披露宴にて

泉谷直木●1948年生まれ。京都産業大学を卒業後の72年、アサヒビール入社。広報部長などを経て2003年取締役。10年社長。アサヒグループホールディングスの発足により11年同社社長兼COO、16年から会長兼CEO。

米海軍のリーダーシップについて書かれた本を読むと、リーダーに不可欠な能力のひとつに「ユーモアのセンス」が挙げられている。リーダーには場の雰囲気を和らげ、部下の心を落ち着かせるためのユーモアのセンスが必要なのだ。

ただし、仕事におけるユーモアは、相手を笑わせればそれでいいというものではない。次のような注意点がある。

第1に、人を傷つけるブラックジョークはユーモアとはいわない。第2に、下品な笑いもユーモアではない。たとえば、人を見下したり卑屈な態度に出たりすることだ。TPOを心得ずに下ネタを披露することも下品である。第3に、本人は笑わせているつもりでも自画自賛に聞こえたらダメである。

それを踏まえたうえで、以下、「これぞユーモア」といえる実例を紹介したい。

▼これこそがユーモアの効能!

「酒と女と歌を愛さぬ者は、生涯愚か者のままだといわれます」

ある異業種交流会のビアパーティで乾杯の挨拶を頼まれた私はマイクの前に立つと、こう話を切り出した。会の趣旨や本日の成果など、まじめな挨拶はすでに主催者が済ませてある。だから私の役割は、少しくだけた話をして、その場の雰囲気を柔らかくすることだ。とはいえ、いきなりあけすけな話をしたものだから、出席したみなさんは「おや?」という顔をして私を見ている。

「これは16世紀ドイツの宗教改革家マルチン・ルターの言葉です。当時のキリスト教はあまりにも厳格になりすぎ、聖職者は結婚もできない。それでは一般の信者が離れていくので、ルターはこんな言葉を使いながら宗教改革に乗り出したわけです」と種明かしをし、最後は20世紀を代表する米国の歌手、フランク・シナトラの名台詞でこう締めた。

「アルコールは、もしかしたら人間最大の敵かもしれません。でも、聖書にはこう書いてあるじゃないですか。『汝の敵を愛せ』と」

そして「じゃあみなさん、今日も元気に乾杯!」とグラスを持ち上げると、参加者の緊張も一気にほぐれ、笑い声とともににぎやかなパーティが始まった。これこそが、ユーモアの効能だと私は思う。