現在放送中の『きらきらアフロ』、『チマタの噺』(ともにテレビ東京)、『A‐Studio』や現在は不定期にライブを行い特番として放送している『鶴瓶のスジナシ』(TBS)など、鶴瓶が企画段階から携わった番組はそうした「作らない面白さ」を様々な角度から追求したものだ。過去の名作も同様のスタイルのものが多い。それらも今のテレビの主流とは違う。テレビは「いい影響を与えるためにある」という信念を絶対に曲げたくはないのだ。

泥臭い道こそが、奇跡を呼ぶ近道

「テレビに育ててもらった人間やけど、テレビにつぶされたくない」

鶴瓶の周りには驚くほど面白いことが起きると言われる。だが、本当はそうではない。面白いことは常に誰の周りでも本当は起こっているのだ。目線を変えればいいだけなのだ。

「人を好きになってね。本気で人を観ていくと、世の中、ウソみたいなオモロイことがいっぱい、いっぱい起きてますから」

「もしこの仕事辞めても、余生は伊能忠敬みたいに全国を行脚して、その土地土地のめっちゃうまいもんを食べさせてもらいながら生きていけるわ。それもタダで」

そう、いたずらっぽく笑う鶴瓶のもとには、全国各地から地元の特産物などが贈られてくる。『家族に乾杯』などで出会った人たちからだ。それにいちいちお礼の電話をする。すると、その人たちも嬉しくなってまた贈る。そんな付き合いがいくつも続いている。

『家族に乾杯』ではロケに加えてスタジオ収録がある。一見、ロケだけでも成立しそうだが、この部分こそ、この番組の特異性であり、欠かせないものだ。前述のように通常この手の番組では事前にロケハンをし、スタッフが取材した上で準備をする。だが、この番組では全く逆だ。ロケをした後、スタッフがそのままその地に残り、ロケで訪れた住民たちに取材をし、ロケでは語りきれなかった部分を聞いていく。だから、スタジオ収録が不可欠なのだ。スタジオで後日談や鶴瓶とゲストが聞き出せなかったことをフォローすることで、その地域の住民の魅力をより深く伝えることができる。

それはまさに鶴瓶の出会った人に対する縁のつなぎ方そのものだ。

「運がいいといろんな人と出会える。その人との関わりを大切にすれば縁ができ、その縁を大切にすることでツキまで回ってくる」

つまり、「縁は努力」なのだ。

では、「運」とはなにか。鶴瓶流に言えばそれは「ぼたもちが落ちる位置にいること」だ。

様々な場所に出向き、時間をかけ、人と接すること。単純に機会を増やす。その遠回りに見える泥臭い道こそが、運を引き寄せ、縁をつなげ、奇跡を呼ぶ近道なのだ。

戸部田誠(とべた・まこと)
1978年生まれ。ライター。ペンネームは「てれびのスキマ」。「週刊文春」「水道橋博士のメルマ旬報」などで連載中。著書に『タモリ学』『コントに捧げた内村光良の怒り』『1989年のテレビっ子』『人生でムダなことばかり、みんなテレビに教わった』など。
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