副業に二の足を踏む社員の精神構造

今後とも、この日本において副業奨励をチャンスとしてとらえるサラリーマンが爆発的に増えるとは考えづらい。では、副業という言葉や事態に思考停止する、二の足を踏む、それは社員個人の、特に社外でも通用するようなスキルが不足していることが原因だろうか? 筆者は違うと考えている。

社員が副業に二の足を踏むように仕向けているのは、今となっては名門、優良と呼ばれるようになった巨大組織が、戦後から今に至るまで営々と社員に刷り込みつづけてきた人事施策によるものなのだ。では、半世紀にもわたり日本企業が守り続けてきた人事施策とはなにか?

さかのぼれば、この人事施策の背景には敗戦がある。戦後、日本経済の本格的な復興期に入ると、労働力不足を解消するため、大企業は地方から人材をかき集めた。そうして「集めた人材に長く働いてもらう」という施策を次々と打ち出していったのである。

それが三種の神器、すなわち(1)終身雇用制、(2)年功序列型賃金、(3)企業内組合の存在だ。

「三種の神器」はもう通用しない

そしてこの合わせ技の施策は、人材に「就社」、「同じ釜の飯を食う」、「内と外」という意識を植え付け、強化していくのである(詳細は、拙著『いらない課長、すごい課長』『いらない部下、かわいい部下』(いずれも日経プレミアシリーズ)をご参照いただきたい)。

要は、このようなお膳立てのもとに、イチ個人は企業に一生涯忠誠を尽くすことを誓い、その結果としてサラリーマンという安定志向、自尊感情と過剰適応が結びつく悲劇が生まれた。

だが、日本企業が「集めた人材に長く働いてもらう」ための施策、(1)終身雇用制はすでに崩壊した。(2)年功序列型賃金も成果主義の導入に伴い、日本企業で課長になれるのは8人に1人、就社した企業から受け取るサラリーではご子息の大学在学中の学費も払えないなど崩壊しつつある。(3)は詳述すると長くなるのでここでは省くが、企業内組合の組織力の低下は周知のとおりである。

それでも一部の企業では、旧態依然とした村社会の論理で社員に過剰適応を強い、適応に疑問をもつ社員、適応に困難を感じる社員をおとしめ、つぶてを投げつける、ある種のマインドコントロール(村八分の心理)を野放しにしているのだ。