水谷さるころさんの『結婚さえできればいいと思っていたけど』(幻冬舎)はまさにこの問題を取り上げたエッセイ漫画です。30歳までに絶対結婚したいとのことで結婚したものの3年ほどで離婚したという自分自身の経験について、結婚したことで「これからの人生がどうなるのか」というモヤモヤから解放されたと水谷さんは言います。しかし結婚したいとの思いが強すぎて、相手との関係や周りの意見が当時は全く見えていなかったという問題がありました。水谷さんはその後別のパートナーと事実婚することになります。一度結婚を強行したことによってようやく焦りから解放され、自分の人生や周囲の人間関係に対する客観性を得るに至った様子が本作では描かれています。

水谷さるころ『結婚さえできればいいと思っていたけど』(幻冬舎)

結婚に向かってがむしゃらになることは時には大切かもしれませんが、実は自分だけではなく周囲を巻き込みながら「結婚」という理想に振り回されているという側側面があります。自分が抱えている不安感や焦燥感は、「結婚」すれば本当に解決するのかは丁寧に考える必要があるでしょう。

結婚して直面する共同生活の難しさ

結婚したものの生活面での相性が壊滅的に悪く、夫婦のうちのどちらか(あるいは両方)がかなり我慢して暮らしているという話はよく聞きます。私はセックスレスの夫婦を対象にしたインタビューを1990年代の後半に実施して論文を書いたのですが、性に限らず、生活に関するたくさんの我慢について話を聞くことができました。

結婚して3年になるHさんは30歳代前半の男性です。5年の交際期間を経て結婚しましたが、結婚前からもともと少なかった性交渉が結婚を境に「いよいよなくなった」そうです。「特に不満があるわけでもないんですよ。でも、このままでいいんでしょうかねえ」とHさんは言います。Hさんの話をよく聞くと「交際期間が長くなったので、妻や親から結婚をせっつかれた」「これから夫婦としてやっていけない気がする」といった「常識」との距離に関する話がよく出てきます。

結婚について不満を語る人の多くが、我慢する理由としてよく挙げるのが「子どものことを考えると生活を維持しないとならない」「夫婦はこんなものなのだと思う」といった「家族らしさ」に関わる言説です。

結婚前は気にならなかった考え方の違いが共同生活を通じて増幅され、やがて無視できない問題となるという流れは夫婦関係研究で指摘されているところです。ペンシルバニア州で250組ものカップルを対象とした調査を行ったアメリカの家族研究者のジェイ・ベルスキーらは『子供をもつと夫婦に何が起こるか』(草思社)で夫婦には移行期と呼ぶべき期間があるといっています。ベルスキーらの研究によれば、「恋人」が結婚して「夫婦」になるという変化よりも、子どもが生まれて「父/母」になるという変化の方がはるかに乗り切るのが難しいようです。夫婦だったカップルが親としての役割を獲得していく過程を彼らは移行期と呼んでいて、子育てを通じて生活の基盤や価値観を擦り合わせていく時期だと論じています。

この時期をうまく乗り切ることができれば、子どもが成長していくにつれて直面する様々な問題にも夫婦共同で取り組むことができます。しかしここで夫婦関係の形成に失敗すると、後々まで問題を引きずることになるのです。