集団は個人の偏見を増幅させる
でも、本当に熟議や話し合いは個人のバイアスを修正してくれるのだろうか?
どうやらそうでもないようなのだ。この問いをずばり扱っている『賢い組織は「みんな」で決める』(キャス・サンスティーン+リード・ヘイスティ、NTT出版)は、「大局的に見れば、個人の偏見が集団で組織的に正されることはなく、悪化してしまうことのほうが多い」という。
<たとえば、個々の陪審員が、裁判前に被告が有罪であるかのような誤った評判を聞いたり、単に被告の容姿に良くない印象を持っていたなどの理由で、偏見を持っていたとしよう。その場合、陪審員団は個々の陪審員の偏見を正すのではなく、増幅してしまう可能性が高い。>(同上)
なんと集団は、個人のバイアスを修正するどころか、増幅させてしまう。いったいなぜそんなことが起きるのか。
端的に言えば、空気を読んでしまうからだ。
熟議はなかなか成功しない
空気の読み方には、いろいろある。バイアスのかかった意見が大勢を占めると、異論・反論を持っていた人も、「もしかしたら、そちらのほうが正しいのかも」と、自分の意見を引っ込めてしまう。あるいは、「ここで反論をしたら、みんなから白い目で見られる」と思い、沈黙を守る場合もある。そうなれば、議論は一方向に振れやすい。結果、個々のバイアスや先入観も強化されてしまうわけだ。
集団の危うさは、それだけにとどまらない。同書では、個々のバイアスや間違いの増幅のほか、最初に発言、行動を起こしたメンバーに従いやすい「カスケード効果」、集団がすでにもっていた方向を極端に先鋭化させる「集団極化」などを、集団の問題として指摘している。
もちろん、熟議や話し合いが、必ず上記のような問題をまねくわけじゃない。熟議が成功して、個々のバイアスが修正されたり、より生産的な意見へと発展したりすることもある。
だが、同書が言うように、「実世界では議論はしばしば誤った方向に向かってしまう」し、「多くの集団はメンバーたちの間違いを正すことができない。逆に、増幅してしまうことが多い」なんて状況に陥りがちだ。
熟議は、どうすれば成功に導けるのだろうか。次回、さらに考察を深めていこう。