「三人寄れば文殊の知恵」という慣用句がある。とくに頭がよいわけでもない、平凡な人間がひとりで考えていてもなかなか妙案は浮かばないが、3人で相談しながら考えれば、よりよい知恵が浮かんでくるもの──そんな意味だ。皆で話し合い、意見を擦り合わせていくことで最適解を導き出そうとするのは、民主主義の基本的な要件でもある。しかし実際は、そうした営みがうまく機能しない状況によく陥ってしまう。それは一体、なぜなのだろうか。

「同調実験」が示した驚きの結果

下の2枚のカードを見てもらいたい。右のカードの線A、B、Cのうち、左のカードに引かれた線と同じ長さのものはどれだろうか?

答えはもちろんCだ。この問題には、種も仕掛けもありゃしない。正答率は、どう考えたって100%にかぎりなく近いだろう。

ところがある条件のもとに行われた実験では、この正答率が60%台になってしまった。つまり、質問された人のおよそ3分の1が間違った答えを選んでしまったのだ。

その実験とは、アメリカの社会心理学者ソロモン・アッシュがおこなった「同調実験」である。有名な実験なので、すでにご存じの方も多いと思うが、概要を紹介しておこう。

実験では、8人が一組になって、上記のような2枚のカードを複数回見せられ、同じ長さの線を選ぶように指示される。しかし、じつは7人はサクラで、1人だけが真の被験者という設定だ。

8人は、1人ずつ順番に自分の答えを言っていくが、サクラの7人が先行し、真の被験者は最後になるように座席が配置されている。

いざ、実験開始。最初の2回は、サクラの7人も、正しい線を選ぶ。当然、真の被験者も正しい答えを選ぶ。ところが3回目になると、サクラ7人は一斉に間違った答えを選ぶのだ。

実験は、18回まで繰り返され、そのうち12回でサクラ7人は、誤った答えを選んだ。アッシュは、この実験を50人に対して実施したが、結果はどうだったか。

冒頭で述べたように、サクラ7人が誤った答えを選んだ場合、誤答率は36.8%になった。驚くべきは、7割を超える被験者が、少なくとも1回は、周囲につられて誤った線を選んだという事実だ。