「マイホーム」の典型的な発想
旦那さんはどうやら「投資」としても考えているようです。最後に、家を買わなければならない理由をあらためて聞くと、奥さまはこう答えました。
「たしかに大丈夫かなという不安はあります。でも長期間で住宅ローンを組める今のうちに買っておかないと、このままずっと賃貸というのも不安なんです。だって、最近は都心のマンション価格がどんどん上がっているし、家賃をいくら払っても自分のものには一生ならないわけでしょう。それに家族向けの賃貸住宅は、ろくなものがないというじゃないですか。年をとると大家も貸してくれないといいますし。もし住宅ローンを組むのなら、若いうちからのほうが、返済は結果的に楽だと思ったんです」
私はこうしたDさん夫妻との会話に、実は驚きを禁じえませんでした。世の中のあらゆる情報を瞬時に取り入れて、それを活用しながら「しなやかな」生き方をするネット世代です。まさに「これから世代」ともいえる彼らが、家については意外と「マイホーム」の典型的な発想にとどまっていたのです。
ローン総額は9800万円になる
日々の買い物には一切の無駄なく、常に合理的な判断を下していく彼らが「何のために家を持つのか」という問いに対して、「今のうちに持っておいたほうがいい」という曖昧な視点しかありません。しかも35年も先のことを「まあ大丈夫だろう」という不確かな確信で、これからの人生で稼ぐおカネの大半(金利分を含めると9800万円!)を投じようとしているのです。いったい何がそうさせるのでしょうか。
優しく笑う夫婦を見ながら、この「マイホーム」という言葉の持つ魔力を考えさせられました。その後、彼らは念願のタワマンの一室を手にしたと聞きます。
「家賃を払うのはもったいないから、家は買ったほうが得」。そんな理屈でマイホームを購入してしまうことは、非常に危険なのです。そのことを訴えるため、私は『マイホーム価値革命』を書きました。この30代夫婦の異常な「マイホーム信仰」には、どんな危険が隠されているか。ぜひ本書で確認していただければと思います。
オラガ総研株式会社代表取締役。第一勧業銀行(現:みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て、三井不動産に入社。「コレド日本橋」など数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がける。2015年、オラガ総研株式会社を設立、代表取締役に就任。現在はホテル・マンション・オフィスなどの不動産全般に関するアドバイザリー業務を行う。『図解実家の「空き家問題」をズバリ解決する本』(PHP出版)など著書多数。