「うちは個性派集団。いろいろな個性の人間がおる。いわば動物園みたいな会社や」

大東社長は大笑いしながら、従業員がいかに面白いキャラクターを持っているかを語る。王将の店長には自由裁量権がある。新しいメニューを開発してもいいし、バリューセットを設けてもいい。京都の出町店では「学生の場合、お金がなくとも30分、皿洗いをした人は定食をタダで食べることができる」。おなかをすかせた学生たちには大人気だ。

太っ腹なキャンペーンのようだが、公認会計士、柴山政行氏によれば、「宣伝効果も高く、よく考えられた販促戦術」だという。

「これには2つの意味があります。ひとつは不良債権の回収。もし、食い逃げされたら店は食事代をまるまる損してしまう。皿洗いをしてもらえば少なくとも丸損になることはない。会計的に見ても、王将にとって損にはなっていない。仮に食事代を800円とします。飲食業では売価の3割が原価(材料費)ですから、240円が原価となる。店の損は240円ですが、30分皿を洗ってもらえば時給にして400円(1時間の時給を800円と仮定)を払わなくて済むから、差し引き160円の得になる。

また、皿洗いをやった客は王将に親しみを感じるでしょう。今はお金を持っていなくとも、将来はリピーターになる客なんです。だから、顧客の囲い込みにもなる。

こうしたキャンペーンを導入できるのは店長に自由裁量権があるからでしょうね」

<strong>「店は個性を売れ」店長へ権限を委譲する</strong>:キャンペーンの企画のほか、価格設定、アルバイトの時給や広告のチラシを出す回数、営業時間の設定にいたるまで、店長の裁量で決めることができる。

「店は個性を売れ」店長へ権限を委譲する:キャンペーンの企画のほか、価格設定、アルバイトの時給や広告のチラシを出す回数、営業時間の設定にいたるまで、店長の裁量で決めることができる。

柴山氏の分析は明快だ。注目すべきはこれほど話題となっている「皿洗いキャンペーン」を導入している店が王将ではほかに稲沢店(愛知)しかないことだ。学生客の多い店なら、どこでも導入したくなるような名アイデアなのに、なぜ他店ではやっていないのか。その点を大東社長に尋ねたら、「店長がそれぞれ、面白いことを考えたらええんや」とのこと。

「本部がいっせいにあれやれ、これやれというのは僕の性に合わないし、王将らしくない。人間は自分の好きなことだと一生懸命になる。その人の長所は何倍にでも伸びる可能性がある。僕はそこに懸けている」

大東社長の思考は柔軟である。いいプランが出たらすぐに採用するし、それを全店に広げようなんてことは考えていない。彼の柔軟性を物語る好例がある。それは物販に対する考え方だ。王将にはコンビニやスーパーから「おたくの餃子を売りたい」というオファーがいくつも舞い込んでくる。

王将ブランドの餃子がコンビニに並んだら、それだけで年商で100億円は上積みされるだろう。しかし、大東社長はやらない。

「創業者がやるなと言ったから、今はやらん。しかし、いざとなったらやるかもしれん。そんなの柔軟に考えたらいいんよ」

※すべて雑誌掲載当時

(石井雄司=撮影 ライヴ・アート=図版作成)