哲学科出身・経営トップ7人の「座右の書」

生きるも死ぬも、“今”の決定にかかわっている

東京大学文学部哲学科卒
HCアセットマネジメント社長 森本紀行


『武士道』相良 亨(著) 講談社学術文庫

かつて読んだ多くの哲学書が忘却の彼方に消え去っても、この本だけは鮮明に覚えていて、強い影響を受けた。武士の死に対する姿勢や死の覚悟、武士に死のいさぎよさが求められた背景も見えてくる一冊だ。
生きるも死ぬも、“今”というその瞬間の決定にかかわっている――、まさに経営そのものであり、人生そのものだ。
死の覚悟を持った武士は、威厳があるから周囲は軽率なことを言えない。誰も侮辱しなくなる。誰も侵すことができない。だから長生きする。死の覚悟が生命を活性化させるのだ。「武士」を「企業」に置き換えて考えることもできるはず。
誤解を恐れずに言えば、新渡戸稲造の『武士道』では、著者自身の道徳思想を説いているのに対し、本書では客観性・実証性にまで踏み込んでいる点に大きな違いがある。日本思想史研究の名作だ。
日本の将来を切り開くためには

静岡大学人文学部哲学科卒
秀英予備校社長 渡辺 武


『学問のすすめ』福澤諭吉(著) ちくま新書

この書物が書かれた19世紀後半、政府は「富国強兵」「殖産興業」政策を官(国家)主導で強力に推し進めることで一刻も早く欧米の列強に肩を並べることを目指していた。福澤諭吉は、欧米に3度の渡航をした経験から、近代的知識を十分に備えた人民の力の強化が官の「富国強兵」「殖産興業」の土台だと考えた。人民の気力、気力の源泉としての欧米の実学の普及こそが、日本の独立の維持、日本の国力の増大にとって最重要と考え、設立したのが〝民.による慶應義塾だ。諭吉は日本の青少年に対して、社会全体のためになる、日本の将来を切り開く学問をすすめていたのだ。
大切なのは自分の道を見つけて極めること

京都大学文学部哲学科卒
ワオ・コーポレーション社長 西澤昭男


『存在と無』ジャン=ポール・サルトル(著) ちくま学芸文庫

座右の銘「自燈明」に関係する。自燈明とは釈迦が死の床にあって愛弟子に残した最後の教えである。「これからは私(釈迦)に頼らず自分自身を拠り所(燈明)にして生きなさい」というほどの意味だろうか。私自身は「未来にむかって燈明をかざし自分の道を見つけて極めていきなさい」と解釈した。実存主義は学生時代にずいぶん学んだので、その思想が影響したのだろう。この書は、自分の考えの根底に影響を与えている一冊である。サルトルは、人間は未知なる未来にむかって投企をし続ける存在であるという。70歳も半ば、選んだ道の先に思いを寄せて今後もチャレンジしていきたい。
殺されても肌につけておきたいもの
東京大学文学部哲学科卒
読売新聞グループ本社主筆 渡辺恒雄


『実践理性批判』カント(著) 岩波文庫

終戦直前、二等兵になった渡辺氏。「日本が負ければ何年間か連合軍の収容所に入れられるだろう。読む本がなければ耐えられそうもない」(※1)と考え、持ち物の中に忍ばせたのが、カントが著した哲学書だ。1788年に出版されたこの書は、カントのいわゆる三批判書(『純粋理性批判』、『実践理性批判』、『判断力批判』)の一つで、第二批判とも呼ばれる。「この本はぼくにとって宗教みたいなもの。殺されても肌につけておきたいものなんだ」(※2)。

※1「日本経済新聞」2006年12月5日「私の履歴書」
※2「AERA」2006年5月15日 P40