なぜ犬のように無邪気に老親と接することができないか?
同病院には5人のドッグセラピストが常勤。患者さんは毎日、犬と触れ合うことができるそうです。また、作業療法士とともにセラピー犬を使ったレクリエーションをすることもあるとか。患者さんが投げたボールを犬が取りに走り、くわえて戻ってこさせるものなどがあります。
鈴木貴勝副院長がその効果を語ってくれました。
「認知症の改善には適度な刺激が必要です。それもできるだけ自然のものから受ける刺激がいい。そのひとつがドッグセラピーです。触れば手のひらから体温が伝わってきますし、息づかいも感じる。ボールを使ったレクリエーションでは手を使いますし、自分の指示で犬がボールを取りに走り、くわえて戻ってくる姿には喜びを感じる。体を動かし、心も動く。これが症状の改善につながるのです」
篠原さんは、患者さんを前向きにする効果もあるといいます。
「歩ける方には病院の敷地内をセラピー犬と散歩していただくことがあるのですが、車椅子の患者さんには“私もワンちゃんと散歩がしたい”ということで、歩行のリハビリに懸命に取り組まれている方が数名いらっしゃいます」
セラピードッグの存在が、患者さんの気持ちを前向きにさせているわけです。
8年前の開院当初からセラピストを務めている小林美千代さんは、認知症が改善された患者さんを数多く見てきました。その経験からドッグセラピーが効果を生む理由を次のようにとらえているといいます。
「セラピー犬は、ありのままの自分を受け入れてくれるのです。患者さんから見て犬は上の存在ではないし、かといって下というわけでもありません。何かしてあげようと近づいてくることも、ご機嫌を取ることもない。勝手気ままに眠ければ寝てしまいます。気をつかう必要がない安心できる存在だから心が解放されるのだと思います」
人間ではこうはいきません。
もちろん介護に人の手は欠かせませんが、人には感情と、それを表わす言葉があります。たとえば家族が介護する場合。家族は認知症になる前の健康な頃の姿を知っていますから、わけのわからないことを言ったりしたりするのを見るとやりきれない思いになります。それで思わず上からものを言ったり、言葉を荒げてしまったり。
また、ご本人も前の自分ではなくなっていることに絶望し、苛立っている部分があるでしょうし、子供に世話をかけている負い目もどこかにあるでしょう。そうした精神的なストレスによって殻に閉じこもったり、問題行動をしてしまったりするのではないでしょうか。