信任を高める議論の場とは

【若新】僕は大学生向けに就職の機会をつくる企画も実施してきましたが、学生を集めたワークショップでどうすれば彼らがどんどん手を挙げて発言してくれるのか、つまりその場の信任をどうやって高めていくのか、最初のうちはかなり苦労しました。

手っ取り早く効果的だったのは、匿名性の担保です。普通なら「○○と申します。私の意見は……」と名乗ってから発言するんでしょうが、それには、個人と紐付けられて誰かに点数をつけられるかもしれないというプレッシャーがある。でも、「僕たちはまだ君の名前とか知らないし、発言も記録されない、誰も点数をつけない。名乗らなくていいから気軽に発言してほしい」と伝えるようにしました。すると、みんな堰を切ったように発言するんです。

藤原和博(ふじはら・かずひろ)●奈良市立一条高等学校校長。1955年、東京都生まれ。78年東京大学経済学部を卒業後、リクルートに入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長、ヨーロッパ駐在などを経て、96年同社フェローとなる。2003年より、都内では義務教育初の民間出身校長として杉並区立和田中学校に5年間勤務。その後橋下徹知事時代の大阪府教育委員会の教育政策特別顧問などを経て、2016年より現職。著書として『人生の教科書[よのなかのルール]』『リクルートという奇跡』『必ず食える1%の人になる方法』『藤原先生、これからの働き方について教えてください』など77冊。
奈良市立一条高等学校
http://ichilab.jp

【藤原】教室でも同じことが起きています。よくあるのが、「わかる人?」「質問ある人?」という問いかけ。それに対して、手を挙げる生徒は大体決まっています。40人の教室なら、手を挙げ慣れている5人くらいの成績優秀者と、3人くらいの目立ちたがり屋。残りの32人は、「わかる人?」「質問ある人?」と言われた時点で思考が止まってしまう。

生徒から自由な発言を引き出すには、若新さんが言うように、匿名性がいいんですね。一条高校では、わかる人とか質問のある人だけでなく、全員に質問させる、意見を出させる。これを、スマホ用に開発した匿名の投稿システムを使ってやっています。

「よのなか科」で茂木健一郎さんをゲストに迎えたとき、「質問ある人?」って手を挙げさせると、みんな恐れ入って誰も手を挙げないから、「はい、全員で質問」って。スマホは生徒たちにとって自分の手足であり、脳の一部であり、彼らはSNSで自分の気持ちを打ち慣れているから、すごいスピードで打つんです。中には、すごく深い質問も出てくる。それをみんなで共有して、徹底的に深めていくんです。

【若新】実は、僕も同じような匿名で投稿できるサービスを友達に開発してもらい、いつも使っています。もちろん、発言に自覚や責任を持つべき場面もあると思います。いつでも匿名でいいわけじゃない。ただ、まずはみんなで意見を出し合って議論を深めることの楽しさをもっと体感する必要がある。匿名の発言には無責任なものや誹謗中傷も含まれますが、それでも一人ひとりを信頼することで、その場をポジティブにしていこうという力が働くと思うんです。

【藤原】そういう力が働くし、子どもたちは少なくともバランスを取ろうとしますね。極端な意見の中間に自分をポジショニングしようとする。それがくり返されていくことによって、自分への信任が高められていくと確信が持てる。教育もこの方向へ移行していくべきだと思いますね。