そして、この「1枚の提案書」にも狙いがある。相手にとってメリットがあると思われる商品やサービスをプレゼンするわけだが、まったく興味を示されないこともある。しかしそれは「空振り三振」ではない。土岐氏は言う。
「少なくとも、こちらの提案に対する相手の反応を聞くことができます。その内容で、相手のモノの思考法や意思決定法、また現在、相手がどんな状況に置かれているのかを察知できます。新たな精度の高い個人情報を仕入れることができるのです。初回がうまくいかなくても、新たな宿題を見つけ、『次回は○○の分野についてお手伝いをさせていただきたいので、また少しだけお時間をいただけませんか』とつながりを持たせることもできます」
そうやって、面会を重ねることで、すぐに取引・商談成立とはいかないまでも関係を深化させることはできる。土岐氏によれば、顧客との信頼関係は5段階あり、雰囲気は(1)冷たい⇒(2)表面的⇒(3)やや温かい⇒(4)協力的⇒(5)親密的と発展していく。
「実際のビジネス(取引)の関係になるには、通常、第4段階くらいまでいかないといけません。そこまでの信頼関係を築くには、かなりの時間、会話する必要がありますが、ただ会話していても先には進めません。敏感なアンテナを立てて話を聞くことが大事です。アンテナを立てるとは相手の話を聞くときに頭をフル回転させるということです。全身全霊で聞くのです」(土岐氏)
雑談を含む先方とのトークの中で、相手は自分自身が興味を持っていることのヒントをくれることがある。「テレビで見たんだけど、最近○○が流行っているんだってね」「(ライバル会社の)A社は面白いことやっているよね」など、こちらの狙うビジネスと直結しない内容の場合、聞いてもスルーしてしまう人が多い。だが、土岐氏は、これは好機を逸する愚かな行為だと言う。
「その場で、いい返答ができなくても、次回までに調べて相手が興味を持つことができる話題を伝える。そうすれば、相手は『自分のことを気にかけてくれている』と感じ、信頼関係も一段高くなるかもしれません。トークの内容が(取引に関わる)ストライクゾーンではないからこちらに関係ない、と判断するのではなく、ボール1~2コ分外れたような、言ってみれば相手の趣味や好き嫌い、時事ニュースなどの話題でも、ファウルでもいいからなんとか打ち返せるようにふだんから準備しておくといいでしょう」(土岐氏)
顧客の抱く信頼感は、彼らの投げた球(トーク)が直球ど真ん中でも、変化球やクセ球でも打ち返すことができる技術の量と比例するのである。
▼会話で信頼関係をつくる5つの階段
出所:土岐氏への取材に基づき、プレジデント編集部作成
第1段階
雰囲気:冷たい
状況:面会の希望を申し出るものの「何の話?」「最近ちょっと忙しいんだけど」と拒否
第2段階
雰囲気:表面的
状況:面会は叶うようになるものの、こちらが話した後は「ありがとうございます。検討してみます」といった通り一遍の回答で前向き感に乏しい
第3段階
雰囲気:やや温かい
状況:面会の約束を取ろうと電話したときに、「お時間をください」とお願いすれば、用件を聞かなくても会ってくれる打ち解けた関係
第4段階
雰囲気:協力的
状況:ビジネス(取引)をしてもらうには、どうしたらいいかをアドバイスしてもらえる関係
第5段階
雰囲気:親密的
状況:どうしても取引をしてほしい案件についてその旨を率直に述べることができ、その案件が難しい場合は「次回はあげるから」といった回答をもらえる関係
デロイト トーマツコンサルティング シニアマネジャー。
1973年生まれ。東京大学では水泳部主将として活躍。大手広告代理店などを経て現職。著書に『99%の人がしていないたった1%のリーダーのコツ』。
前ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント代表取締役社長。
1961年生まれ。日本鋼管、日興証券、ゴールドマン・サックス証券および上記を経て、現在は、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授、東北大学特任教授。