「休憩時間に疲れて机に突っ伏していると、後ろから椅子ごと蹴られました。ほかの人も寝ているんですけどね。少しでも仕事の能率が悪いとすぐに怒鳴られ、『おまえ、死んでくれ』とキレられることはしょっちゅうでした」

中原さんの席は前方と左右がパーテーションで仕切られ、後方に背中合わせで上司が座る形となっていた。視野をふさがれ、上司の圧力を常に意識せざるをえない形である。

そんな苛酷な環境にいて、なぜ辞めなかったのだろうか。

「私は当時、安定した給料をもらえて幸福な家庭を築けたら100点だと思っている安定志向だったので、職を失うことを極端に恐れていました。一度踏み外したら、二度と『正規ルート』に戻ってこられないような気がしていたんです。それに、私はアルバイトもしたことがなかったので、これが一般的な社会人の働き方だと思っていたんですね」

それでも体調が悪化し生命の危機を感じるようになって、本社にいる新人研修時の担当者に「こんなひどい目にあうのは人間の生活じゃない。何とかしてください」と電話で訴えたことがある。だがその数日後、中原さんは製薬グループの部長に呼び出された。

「おい、これは裏切り行為だぞ。みんな頑張っているのにこんなことをして、恥ずかしくないのか?」

結局、職場の改善などは一切なされず、中原さんは長期休業に追い込まれたのである。