データよりも顎を見る
【黒木】スカウトに関して。早稲田とか明治とかいわゆるブランド校に行きたがる選手もいるし、駒沢とか中央学院とか駅伝が強い学校に行きたがる選手もいる。東洋大の場合、失礼かもしれませんが、そのどちらにも当てはまらない時期が結構長かったように感じます。ご苦労されませんでしたか?
【佐藤】コーチとして全国歩いてきましたが、川嶋体制では、スカウトに関してはほぼ100%任せてもらっていましたから、むしろやりやすかったですね。私、記録は参考にしないんです。記録に表れていなくてもいい選手はいるはず。それを探し出すのが趣味といいますか、スカウト術として確立しかけていたんです。
【黒木】どういう選手がいいんですか?
【佐藤】一つは個性ですね。それからチームカラーに合うか、さらに言えばチームというより指導者に合うかどうか。ウチは速い動きというよりも我慢の練習が多い。同じことを繰り返し、繰り返しやるので、気持ち的にしっかりしていないと持たないんです。
【黒木】今の大学は、せいぜい20キロ、25キロぐらいまで走れるような練習しかしない。5000、1万メートルの延長で箱根を走る感覚ですね。僕らの頃は、まずフルマラソンを走る体力をつけて、そこから下ろしてきて箱根を走るみたいな発想でした。
【佐藤】ウチは走る量自体はそんなに多くありません。一番の売りは朝練習。夏も冬も5時15分から。巣鴨、白山のキャンパスで一限目の授業に出る前提で逆算するとそうなるんですが、恐らく日本一早い。私は毎朝4時40分起床です。しっかり吟味して、そういう生活ができる子を採らないと持たない。だから記録を持ったエリートよりも、県大会は通るけど、ブロック大会で飛ばされて全国大会に出られないレベルが狙い目。このクラスが一番ハングリーだし、力をつける余力がある。
【黒木】性格的には落ち着きがあって粘り強いみたいな。
【佐藤】そうですね。あまりプライドを持っていない。
【黒木】素直に物事を受け入れられる。
【佐藤】そうです。勘違いされていますが、柏原だってまったくエリートじゃない。普通の少年です。ああいうタイプが私は好きだし、狙っているところ。柏原は高校2年から追いかけて3年生の7月に決まったんですが、これだけスカウトが発達している時代に無競争ですからね。ホント、石ころが急に光っちゃった感じで困ってしまう(笑)。
【黒木】柏原君のどこに目をつけたんですか?
【佐藤】頑固で、どんなレースもドンと一人だけ飛び出して行くところまで行くんです。それで勝てない。勝てないけど、こういう子は絶対に強くなると。奥歯がガッと噛めそうな面立ち。踏ん張りの利きそうな顔つきがインパクト抜群でした。ほかのスカウトさんは走りっぷりや足を見てますけど、私はもっぱら顎ですね。