パソコンよりも本を読め!

【黒木】『冬の喝采』にも書きましたが、僕らの時代というのは中村監督のパワハラがすごかった。でも、あれを耐え抜いたからこそ、今、下を向かないで生きていける。仲間とそういう話をよくします。

佐藤 本を読ませていただいて私は感動しました。私らも中村先生の指導をずっと見ているし、箱根の状況も実際に体験しているから、おっしゃることはよくわかる。ただ今の子にストレートに伝えようとしたら、それは無理があるだろうなという感じがします。だから、少し現代風に脚色して伝えようかなと。今の子供はものを知らないし、本を読まないでしょう。宗兄弟(旭化成)や中山竹通(ダイエー)、伊藤国光(カネボウ)と言ったってピンとこない。中村先生の教えが間違っていないとしても、ギャップがありすぎてそのままでは伝わらない。
この5年くらいで選手の気質がまったく違ってきましたね。

【黒木】どういうふうに?

【佐藤】ハッキリ定義できないんですけど、発想が違う。たとえば我々の時代の合宿所は4人部屋でしたよね。今は2人部屋で、それぞれのテレビで違う番組を見ている。そういう生活なんです。

【黒木】パソコン世代ということ?

【佐藤】そうそう。情報には詳しいけれど、歴史物とかそういうものを読んで覚えるという経験に欠ける。

【黒木】パソコンを見ているといろいろな情報が入ってくるんですけど、本を読んでいないと物事を理解できない。インターネットを見ているとだんだん自分が馬鹿になってくる気がする。物を考えなくなるんですね。

【佐藤】本当にそうです。見せるだけではダメ。読ませないと。春合宿には『冬の喝采』を持ち込んで、選手たちに読ませようと思います。

【黒木】ありがとうございます(笑)。

【佐藤】走りっこだけでは世の中通じない。ウチの場合、スカウトの条件として、学校にきちんと行くという約束を選手にさせますから。

【黒木】来年の目標はやはり2連覇?

【佐藤】いや、来年は勝てないでしょう。よほど全体のレベルアップをしない限り、ガチンコ勝負ではきつい。ただ、今年みたいなこともある。今の箱根は読めないですよね。

【黒木】実力伯仲。ちょっと崩れたら優勝候補がシード落ちする。

【佐藤】私は一応代行監督で今大会限定です。新体制についてはまだ大学側から指示されていない。
まあ、いいとこ取りさせてもらったので、今後は若い人に任せたい。この1カ月で3年分ぐらい働いて、寿命が5年は縮まった。また裏方に戻って、石ころを探して歩きますよ。


 

『冬の喝采』 黒木 亮/講談社
黒木さんの早大競走部時代を描いた自伝的小説。中村清監督の知られざる逸話も収録され好評を博す

(小川 剛=構成 川本聖哉=撮影)