「海外の経営学はプロスポーツのような世界なのです」
アメリカで10年間、経営学の教育に携わってきた著者は語った。研究者は論文を発表して業績を積まないとすぐクビになるため、生き残りをかけて研究に明け暮れる。そして熾烈な競争社会ゆえ、現在、世界中で膨大なビジネスの知見が得られているという。
「ただし経営学者の関心事項は、研究が『実務で役立つ』より、『厳密性』『知的に新しい』に傾いている。そんな高度な統計分析を駆使した経営法則は、一般のビジネスマンにはわかりません。そこで実務でも使えるよう学問を軟らかく翻訳する作業が必要なのですが、業績にならないから学者は誰も取り組まない。結果、最先端の知見が一般の現場まで下りてこないのです」
そこで日本の企業人との交流から現場の課題を知る著者が、身近な事例に引きつけて最先端の知見のエッセンスを紹介したのが本書だ。ダイバーシティが有効かといえば、性別・国籍といった目に見える属性の人材多様性は組織にプラスの効果を与えるわけではないことが、多くの実証研究から判明している。同様に、ブレーンストーミングは他者への気兼ねが働くため、実は効率が悪い。「グローバル化」「イノベーション」など、ビジネスシーンの言葉の先行に違和感を持っている者には、腹に落ちる説明が満載だ。
かようにも知的好奇心をくすぐる経営学だが、世間では誤ったイメージが流れている。経営学とは広範な経営の法則を探求する学問。決して金儲けが目的ではなく、経営者の個別の悩みに答えを与えてくれるとはかぎらない。
「ただし正解はわからなくても、決断をしなくてはいけません。そこで必要になるのが思考の軸。羅針盤みたいなもので、目的地に一番早くたどりつく方法を教えてはくれないけれど、最善の航路を描くためには不可欠ですよね。それをつくるためにも、経営学を学ぶ価値はあります」
また経営学は、経済学、心理学、社会学のいずれかの考えを基盤に理論が組み立てられており、「イノベーションを学びたいなら認知心理学、組織のマネジメントを掘り下げるなら経済学にふれれば、さらに深い洞察が得られるはず」とも。現在、著者は3つの学問領域を横断する経営理論の本を執筆中。羅針盤を手に描こうとするのは、経営学の世界地図だ。