トランプは「西郷隆盛」である

今回の大統領選挙は、何年か経って振り返ると、大きな転換期だったことが見えてくるはずだ。これまでの人生に古き良き時代にノスタルジーを感じるような、白人男性優位主義世代の影響が残る、最後の選挙になる。なぜならこれから、アメリカの人口構成が大きく変わるからだ。

あらゆる経済データは人を裏切るし、政治や経済の見通しを予測するのはほとんど不可能だ。しかし、人口構成だけは裏切らない。アメリカの人口構成を見ると、既に2015年の段階でベビーブーマーはトップ5の年齢にはおらず、大幅な世代交代が進んでいる真っ最中であるとがわかる。そして次の大統領選挙がある2020年になると、25~35歳が中核になり、完全に世代交代が終わる。今、トランプ氏を支持している世代は引退だ。少子高齢化が進む日本とは、状況が違う。

表にあるように若年人口層が増えていくという先進国は世界中でアメリカだけ。世界中で今後確実な未来が約束されている地はアメリカしかない、と言える」(山口さん談)

若い世代の価値観は、これまでの世代とは異なる。その兆候は、民主党の大統領候補だったサンダース氏の人気にも表れている。若い世代は、プロの政治家に懐疑的だ。サンダース氏の支持者は、20代の若者が多かった。私が接するアメリカ人の若い経営者たちは、「本当に貧しい人に分配してくれるのであれば、自分が稼いだ金の半分でも喜んで出す」という価値観を持っている。これまでの典型的なアメリカ人ビジネスマンは「自分で稼いだものは自分のもの」で、働かざる物食うべからずというのが典型的な価値観だった。国民皆保険という制度が長らく採用されなかったことがまさにそれを体現している。彼らはだからこそアメリカンドリームを信じ、成功のために頑張ってきたといえ、それに比較すると今は以前では考えられないほどの価値観の変化が若者の間に起こりつつある。

若者の価値観が変化してきた大きな理由の一つに、グローバル化がある。これまでのアメリカ人は、海外に全く関心がなかった。少なくともトランプ支持者は間違いなく興味がない。アメリカは素晴らしい国なので、他国を見習う必要などないと思っていた。それが、情報も人も世界中をすごいスピードで飛び交うようになり、「自分たちがやってきたことが完璧ではなかった」ということを知った。

私は野球が大好きなのだが、メジャーリーグの野球の変化がそれを象徴している。1989年に野茂英雄選手がメジャー入りしたとき、アメリカ人は野茂選手の野球を、「こういうベースボールがあったのか!」と驚きを持って見た。それまではアメリカの野球が唯一であり最高のものだったからだ。個人的にはイチロー選手のように、日本人選手がアメリカ人に受け入れられ、応援されるようになるとは全く思わなかった。

今、「トランプ現象」が起こっているのは、時代の変化を象徴しているように思えてならない。その姿は、明治維新の立役者として活躍した後、新しい時代に取り残されてしまった旧時代の武士たちを率いて西南戦争で戦い、散っていった西郷隆盛をほうふつとさせる。もちろん、トランプ氏本人はそんなつもりはないだろうし、選挙の後もビジネスの表舞台でしたたかに賢く生き抜くと思うが、「トランプ現象」そのものは、私には、アメリカの古い価値観を抱えた人々が咲かせた、時代の最後のあだ花のように見えている。

山口正洋(やまぐち・まさひろ)
投資銀行家。1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。丸紅に勤務した後、86年からモルガン・スタンレー、ABNアムロ、ベアー・スターンズなど欧米の金融機関を経て、ブティックの投資銀行を開設。M&Aから民事再生、地方再生まで幅広く手がける一方、「ぐっちーさん」のペンネームでブログやメールマガジンを執筆、2007年にアルファブロガー・アワードを受賞。アエラでは同年末から「ぐっちーさん ここだけの話」を連載中。著書多数。最新刊に『ぐっちーさんの本当は凄い日本経済入門』(東洋経済新報社)」がある。
(投資銀行家 山口正洋 構成=大井明子 撮影=向井渉 写真=Aurimas Adomavicius)
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