私は今年に入ってから、米FRB(連邦準備制度理事会)や大統領諮問会議のメンバーなど米国の金融界の要人とたまたま会う機会があった。彼らは口を揃えて日本政府による為替市場への直接介入に強く反対していた。エコノミストからは「日本政府が通貨操作(マニュピュレート)を行っていると認定された時点で、米議会での環太平洋経済連携協定(TPP)承認は吹き飛ぶ」とも聞かされた。
介入により米国政府から非難されることになれば、日本は難しい立場に置かれる。私はヘッジファンド関係者とも会う機会を持ったが、現在円買いを仕掛けていると思われるファンドは、こうした情勢から、「日本政府は米国政府の牽制で身動きが取れないはず」と、日本の足元を見て動いているように見える。
通常、投機業者は、自分の予想に反する不利な事情が起こったときに大きな損失を被るが、日本の金融当局が外交的理由で介入できないという事情があると、大幅な損失が起こらないという格好の条件で投機できる。コインの表が出ても裏が出ても勝ちという賭けが可能となる。
日本の通貨当局も、今は窮屈な立場である。為替の乱高下がヘッジファンド等の仕業で短期では咎めたいと思っても、片方で米国の通貨当局の目が光っているので手が出せない。
為替レートの中期、長期の動きは、あくまでも各国の景気調整のための金融政策で決まるというのが変動為替制度のグラウンドルール。為替の動きが目に余る水準に達し、日本経済が大きなダメージを被りかねない事態になれば、米国の意向にかかわらず、政府は座視すべきではない。5月にロイターの取材に応じ「1ドル=90円前半くらいまで円高が進めば、米国が怒ろうとも介入すべき」と述べたのは、その趣旨である。
海外の経済学者の中には、円高が進む要因の1つには、リフレ政策を標榜する日銀が、マイナス金利幅の拡大といった市場関係者が期待する追加緩和政策を採用しないことだと考え、英国金融サービス機構(FSA)元長官のアデア・ターナーのように「日本はデフレ脱出のために『ヘリコプター・マネー』の使用を考えるべきだ」と主張する向きもある。
ヘリコプター・マネーとは、ミルトン・フリードマンが言い始め、前FRB議長のベン・バーナンキも、極端な金融政策の例として挙げている手段だ。空からヘリで紙幣を無尽蔵にバラまくように、政府の支出を中央銀行が直接的にファイナンスする、いわゆる財政政策のマネタイゼーションを指している。具体的には、日銀が貨幣を発行し、財政支出で生ずる日本政府の負債を、政府の代わりに引き受けてしまうというものだ。
私はこの主張には賛成できない。なぜなら、ヘリコプター・マネーを許すと、国民経済全体のインフレへの防波堤を取り去ることになるからであり、そんなことをしなくとも、日本は現在の金融政策によってデフレから脱出しようとしているからだ。