ウイスキーを1軒目で飲まれるお酒に変える
世界中で広く読まれるP.コトラーとK.ケラーのテキスト『マーケティング・マネジメント』によれば、ポジショニングとは、企業の提供する製品やサービス、あるいはイメージを、ターゲットとする市場において、人々の心の中に位置づける活動である。商品そのものに手を加えるのではなく、買い手の頭の中にいかに商品を位置づけるかを通じて価値を生みだそうとするところに、ポジショニングの眼目はある。定まった問題を解くことではなく、問題を変えることによって価値を生みだす発想といってもよい。
ポジショニングは、ものづくりやハイスペック路線の重要性を否定するわけではない。とはいえ、購買意思決定は顧客の頭の中で行われる。品質・機能のつくり込みだけが高付加価値化だと考えていると、事業の可能性を狭めてしまう。価値は、工場や研究所の中だけでつくられるのではないのだ。
国内ウイスキー市場の転換の妙もそこにある。
輝かしい歴史を持つサントリーのウイスキー事業。その販売の全盛期は、遠く1980年代にあった。2000年代半ば頃には、国内のウイスキー市場は、1983年のピークと比べて4分の1以下にまで落ち込んでいた。
それでもサントリーの社内は、自社のウイスキーの品質には自信を持っていた。消費者はどうなのか。市場調査が行われた。2008年頃の話である。
その中から、ひとつの問題が浮かび上がってきた。「そもそも、ウイスキーを飲むシーンがない」というのである。かつての飲み歩きなら2軒目でバーに行き、そこでウイスキーを楽しんだ。しかし今では、1軒目で切り上げることが多い。外でのお酒の飲み方は確実に変化している。
ウイスキーを1軒目で飲まれるお酒にする。この課題にサントリーは挑んだ。食事をしながら飲むのに合うハイボールは、ウイスキー1をソーダ4の比率で割るというもの。しかし、熟成感や奥深さをゆったりと味わう上で「一番おいしい比率」として、それまでにサントリーが推奨してきたのは、ウイスキー1にソーダ3という比率だった。この黄金比を変えることが、2軒目のお酒という消費者の固定観念を払拭するための第1歩だった。